次の林道に進む。

廃道日記(Riding・Report)



昔、フェンス越しに見た、分断された国道。
国道沿いの鉱業施設群が、なぜ国道の上にあるのか?
国道が何故、片側通行止めだったのか?
何故沢沿いに鉱石運搬ルートがないのか?


鉱山は国道を使って鉱石を運び出していたのではないだろうか。
新道が出来てからは、許可を取って官地である国道に施設を造ったのではないか。
もしかしたら、
ワザと通行止めにしていたのではないだろうか?考え過ぎだろうか?
国道なのに?。
先ほどの老夫婦は既に山を下りたらしく、実際に聞いてみることは出来なかった。

謎が多い中、ただ一つ確定した項目がある。
結論、
大峠を越えるには本道を走るしか方法は ない


しかし、昨年はあえなく 敗退!

ご使用上の注意!
このデータは、あくまでおいらの走ったルートの覚え書きです。
走行距離は主にバイクで測定し、
旺文社発行のツーリングマップルにて無断で補正しています。
また、掲載される内容は
大変危険です。
当サイト掲載内容によるいかなる被害も、
当方は保証致しません。



このContentsは、適当に増殖します。
廃道日記(Riding・Report)005-2
東側から見る旧国道121号線不通区間の全景。
コンクリート製の土留め、飴細工のように倒壊した防雪フェンス、索道用と思われるトラス構造のタワー二基のホッパー塔・・国道と考えなければ、どう見ても鉱山施設・・・。
まさか・・?


これまでWeb上でのバイク通過例は僅か数台。リンク先のORRへなり・ロリエ両氏(SL230/DT125R)が最大排気量であり、この記録が打ち立てられた2003年以降、これ以上の大排気量の通過はない。
昨年(2005)は倒木による通過不能、機会を伺っていた。
そして、掲示板熊五郎さんと意気投合するなる!。
(この場をお借りして、事前の踏破調査に感謝致します。)

 かくして12時45分。枝葉とU字溝を擦り抜けて3台がもとの旧道に辿り着く。そのまま、3台はさる関門を突破!
そう、それは2輪廃道界を震撼させる
「大峠バイクゲージ」だ。





今回のルートはTouringMapple2005.3版に未掲載。(林道表記なし)国道121号線大峠は不通区間としての掲載。

 大峠の逆襲   

 相変わらずの4輪絶対強羅防衛線を突破すると、今までになく崩れる国道上の鉱山道?・・。を眺めつつ最初のトラスブームを通り過ぎる。直ぐにフェンスの転倒崩壊があるが、難なく乗ったまま通過。第一のホッパー棟も確認する。


突入!
「各員一層努力セヨ」



第一関門、丁度SJ30Vさんの立つ位置は丁度、
「前後に一人づつ立ってバイクを受け渡しましょう」


↑)乗ってハンドルの上に倒壊支柱。
辛うじて乗車のまま通過、
しかしその先は・・・?



→上)熊五郎さんのリードでRAIDを押し出すMR。既にお荷物の様相。
Photo by SJ30V



→下)つかのま、2st談義に花が咲く。



「ああ、やっぱりほぼ対岸の同じ標高ですねぇ」


コンクリートに足跡。
だれだ?こんな所に登るのは?。

 熊五郎さんとSJさんが先ほどの土場を黙視している。崩れかけた棟の鉄筋ハシゴには誰かがよじ登ったらしい靴跡が残っていた。
「誰だろう??」
 さらにもう一つのホッパー棟には、索道用のトラスフレームが残っていた。
 これによって鉱山の鉱石を直接ホッパーに出していたのだろう。現役の国道の筈だが、ここ国道で積み込みが行われていたのだ。
まさに超法規的措置と言う奴なのだろうか?
「あ、ゴーグルがない。まあ、いいや。」熊五郎さんが呟いた。

 ここを過ぎると、旧国道の状態は凄まじいものとなる。


ホッパー塔1号(仮)上から採石を落とし貯蔵。
手前のホッパーからダンプに積み込む。
ホッパーの高さは目測2.8m?。
今の10tダンプには一寸低いかな?。


1号ホッパー塔の先で対岸を凝視するお二人。
「あそこまで逝ったんですねぇ」



第2ホッパー塔には索道用の機械室も残される。
規模、そして索道の位置からこれがメインの施設だろう。
この直下にあの作業小屋が、直線上の対岸に先ほどの東端部土場がある。


飴の様に曲がったH鋼、
流れるように地面に誘導される補強Lアングル、
地面に押しつけられて余命幾ばくもない金網・・。


こんな道路は聞いた事がない、昨年ヨッキれんさんに言われた
「バイクは無理」
の6文字が鮮やかに蘇る。

「すごいね、
 こりゃ」
本当に言葉もない。

 邪魔な5x50のアングルを外すべく3人全員が大口径モンキースパナを手に持つ風景はあきらかに異常だ。
 程なく、撤去された鉄骨の下をバイクが通り抜ける、というより助け出されると言う方が正解だろう。

 3人掛かりで担がれる重病人のような状態でバイク3台を通過させる。
さらにその先では、地面に平伏したH鋼の高さは約18cm、バイクに乗って2足2輪でこれを乗り越えて進む。
「思ったよりグリップいいなぁ」
 
そりゃそうだ。
 地面に伏した金網が強大なグリップ力を稼ぎ出しているのである。
ドコン、ドコンと鉄柱を越えてゆく。すると次は崖ぞいの路肩をバイクを倒して通過、更に繰り返す。
 そしてついに大峠が牙をむいた。

 その隙間は倒壊した支柱と法面の間を使って擦り抜けるものだが、MRは足下のH鋼がひっかかり思うように動けない。
 つーか、MR的にかなり疲弊してました。
 既に左足は上げる事が出来ずに地面を引きずり、バイクに乗る際も足首が回せないのでまるでキャンプ用品満載のバイクに横から乗り込む様だった。
 辛うじて倒壊した鉄骨を足がかりに乗る事はあっても、まったく踏ん張る事は出来ない。
 先の廃道探査で2度ほど捻ったのは致命的だった。


朽ち果てたゲートは、ダレをどちらから規制したのだろうか?


キタよ!キタ!
倒壊した鉄柱をバイクに乗って乗り越える。
おお、走れる走れる!


ここではついに倒壊した裏手に回り込んで突破!。
だがしかし!



「リングサイド鉄柱攻撃」を食らう!
10カウントゴングを迎えそうな零度君。冷静に撮影してるSJさん!
ん〜流石だ、写真があるなんて。
Photo by SJ30V



見事に割れたエンジンカバーのオイルクーラー用オイル戻り口。
写真左上より丸いカバーのオイルフィルター、
配管がオイルクーラー上りの配管、
丸い穴から外れているのが下り配管。
純正のアンダーガードに押される形で割れている。






 鉄柱攻撃!

 そして、この場面でも倒壊した支柱を斜めに突っ切る事も叶わず、足がもつれ転倒しかかった、その瞬間!
「ガジィン!!」
という鈍い音と共にオイルが飛び散った。
「ああっ!!!」
 フレームを直撃したH鋼の角が、エンジン右下のオイルクーラー用オイルラインを直撃した。
 中空ボルトが折れ、流れ出したオイルを止めるべくエンジンを切る!

 倒れそうになるRAIDとMRをSJ30Vさんが支える。
 MRはRAIDを法面の岩に立て掛け、しゃがみ込む。

「ああ・・・」

暫しの沈黙。

やっちまった、しかもこんな所で。

事態は最悪の様相を呈していた。

 冷静に3人で覗き込むと、ボルトが折れたのではなくエンジンカバーの方が折れていた。
 折れたのはオイルクーラーからエンジンにオイルが帰ってくる戻り口。ミッションカバーから飛び出したネジ部分が見事に真っ二つである。
 幸い、中空ボルトは無事である。
またミッションカバーはそれ以上の破損は見られない。

「オイルクーラーの入出力ラインを潰せば逝けるんじゃねえか?」



バイクの左右に立ってフロントタイヤを持ち上げ倒壊したフェンスのアングルに乗せる。
後ろからもう一人がリアを持ち上げ
リアタイヤをアングルに乗せると、
バイクは楽々地上30センチの柱を跨ぐ。
 早速ボルトのみ填めて見る。折れたとは言えネジ山が半分近く残ったのは奇跡だろうか?工具を出して早速作業開始。
しかし、エンジンを掛けるとオイルが・・そりゃそうだ、
中空なんだから!「何か詰める物ないかな?」
熊五郎さんが「これを!」
クイックスチールを差し出す。
は?
「何故これを持っている!」
MRとSJさんが驚愕の眼差しで振り返ると、してやったり満面の笑みを浮かべる熊五郎様。(急に敬語か>俺)

 早速練って中空ボルトの穴を埋める。硬化までは約5分だ。
装着するとなんとほぼオイルが止まった!やリィ!
「凄いぜ!Qスチール!」
「今度俺も買っておこう!」

 効果に疑わしかった物だが、これで確実に用途・効能が解った。


ここまで熟睡すればバリバリ走れるR121?。これが国道かよぉ。


笑顔が止まらない熊五郎さん。
あなたの事前調査が、今、実を結ぼうとしている!。


 
バイク自体はぶつかった反動がありながらも殆ど支柱を越えていた。

 ゆっくりとトルクを掛け、熊五郎・SJさんサポートのまま無事脱出する。
30分以上時間を食われてしまった。時計は既に2時半を指していた。
しかし、これを最後に倒壊区
間を脱出!舗装が顔を出した。
ついに不通区間を突破したのである。

 とはいえ、目の前には舗装より土砂と藪の多い旧道が未だ続く。熊五郎・SJさんを先行させ、エンジンを切った自由落下で山形側を下り始める。
 

左手に在るのは流れて来た砂利ではない。左側法面の吹き付けコンクリートが老朽化の為剥落しているのだ。

 幸いな事に舗装区間に入ると旧国道はそこそこの傾斜があり、十分傷ついたRAID君を里に押しやる事が出来るのだった。


ついに鉱山区間突破!熟睡したフェンス下の砂利道から舗装路に変わる。


舗装路の上にはお決まりの倒木!。
つーか、もはや流木?。




東北電力管理地の側で一休み。大分日が傾いてきた

MRが辿り着く迄の間、束の間の記念撮影。
Photo by Kumagoro


この写真もまず国道121号線には見えない、林道の写真のようだ


国道記念碑。これも漸く拝めたのだが、
この時はもう「生還第一」状態で、詳しく
見る事が出来なかった。


だだ濡れの直線の先に、あのカーブミラーが!


「きたきた!」
倒木を越えた所でカメラを構えるお二人。
Photo by Kumagoro


 終局に
6

 要所要所で二人のお出迎えとサポートを受けつつRAID君は自由落下で下り続ける。時折倒木乗り上げや再発進のためエンジンを掛けるが、可能な限り自由落下を行う。
 一方、無難に駒を進めたかに見えたSJさんもWRが熱ダレを起こし始め、深刻なクラッチの食いつきに悩まされ始める。
 熊五郎さんも午前中の転倒が、ようやくあちこちと痛み始めた、無論打撲だ。
 三様の問題を孕みつつ、
あの場所へ辿り着いた。

痛恨の
倒木部分だ!




昨年の遺恨に到着。
落ち葉を吹き払うとナローゲージが出てきそうだ。



「あれ?木が切られている!!」
「ええ〜〜マジですか・・?」「フッ、いやホント」
Photo by Kumagoro


今!ついに!突っっ破ぁ〜!
Photo by SJ30V


昨年伐採作業中だった区間は、
今年も伐採作業中だった。(置き去りかい!)


注、これは沢ではありません。
小猿倉橋手前の一コマ。


 しかし昨年の撤退場所も無事突破する。というか、この辺りにはXLRらしいタイヤ痕が確認(知り合いか?)され、誰かが山形側からバイクで来ている様だった。そしてその方がバイクが通れる幅分に倒木を切り出してくれていた。


倒壊した樹木の一部は深い谷底へ。
その谷底、今は豪華絢爛。
Photo by Kumagoro

  昨年の遺恨を果たし、大倉猿橋の倒木を擦り抜けると、あのゲートの橋が現れる、
大猿倉橋だ!
 なんと、ゲートは開いていた。難なく通過する。熊五郎さんが勝ちどきを込めて右手を振り上げる!


「完全制覇っっっっっ〜!!!!」
おもわず手を挙げてガッツポーズをとる熊五郎さん!

大峠!ついに陥落す!! つーか、ゲート空いてるんですけど?。


その3へ

 
その先の路肩崩壊部分からは、ほぼロードコーンとトラバーが設置されている。表面には「米沢市」の文字が躍っている。
やがて、連れ合いを無くした121号のおにぎりをほおばりつつ、橋を越えると本日10度目くらいの二人のお出迎えを受けた。
「ご苦労様!無事通過ですよ」
「無事にはほど遠いけどね」
「とにかくお疲れ様でした」

 時計は・・4時?実に突破に3時間半を費やした事になる。写真撮影なしの本調子なら2時間半だろうか?。勿論3人グループという条件だけど、初めてタッグを組んでの勝利だった


この旧第2ゲートから里の方の危険箇所には、
すべてこのようなロードコーンが設置されていた

全部で多分?6カ所



「ああ!おにぎりが喰われっちまってる!」
そう、崖側の国道標識は法面で熟睡してまスた。(車だったら持って帰りそうだ>俺)


突破!無事脱出!! 満身創痍の状態だが、今日も生き残った。
皆さんのお陰です、この場を借りて御礼致します。

Photo by SJ30V


 時間が時間なので、今回はこの場で解散となった。
 3人とも飲み物しか口にしていない。いいダイエットだよ、このツーリングは。
SJ30Vさんサポートご苦労様、熊五郎さん現地調査ありがとうございました。
MRはお荷物ですいませんでした。

 エピローグ
6

「ワーカーホリックにはツーリングが一番ですよ!」

一週間後、さる友人から聞かされた言葉を、今、文章を反芻しながら思い出した。
多分、足は一生治らないのでは?いや勿論日常生活には支障はないだろうが、きっと秋の頃には寒さで痛む事だろう。
そして、肉体に刻まれた痛痒が、その日の出来事を鮮明に思い出すだろう。
汗だくになって越えた峠、色鮮やかな紅葉と青空。
地域の人々を巻き込んで、壮絶な生き様を見せた峠に、時折笑い声と排気音がこだまする。

伝説の国道。
今となっては、よい思い出になりそうだ。

P.S 次回、この調子で何処に逝こうか・・?