振り出しに戻る。


このContentsは、適当に増殖します。
林道日記(OFF-ROAD・DIARY)


ご使用上の注意!
このデータは、
あくまでおいらの走ったルートの
覚え書きです。

ですので、
スポンサー以外の
クレーム
一切お断り致します。

走行距離は主にバイクで測定し、
旺文社発行のツーリングマップルにて
無断で補正しています。

また、
掲載される内容は
必ずしも最近の状況
及び写真
ではありません。

走行日を良く確認し、
一か八か?役立ててください。



このContentsは、適当に増殖します。
林道日記(OFF-ROAD・DIARY)079-2


ゴメン、最初は同じなの。同じ地獄。



2012年10月、
まだ、その罠を知らない・・・。(Photo:2013)


●廃道に極まる、ピストン林道の行方。

 その林道は昔、日本一周野宿林道旅の大家である、さる偉大な野宿師が走っていたカモ知れない。その時の、野宿師の手帳には「黒森沢林道」と書き記された手書きの七ヶ岳周辺林道の略図が撮影されていた。

 実際に現場には、パイロットロードの分岐点に在る「○○道向山線」という標柱が一本あるだけ。この林道は他の開拓道路と同様に、七ヶ岳の山里を開拓する為のモデル地区の為の道であり、幾つかの林道と分岐しつつ、本線は再び七ヶ岳林道に合流する。地図を紐解くなら鴨沼という沼の横を走るこの林道を目指せば自ずと道なりに今回の林道に辿り着く。
 いや、手前にもう一本ピストンの伐採道が在る。あの2本の林道を体験した我々が「裏黒森沢」と呼称している林道だ。
 最初は、どちらの林道がどの本名なのか混乱していたのだが。


国道289からパイロットロードをまっすぐ上がると問題の三叉路に。
写真右が七ヶ岳林道本線へ、左が
○○道向山線なのか?
(Photo:2007)


う〜ん、この時点で林道標柱は箕沢林道側に向いてるよな?。
(Photo:2007)


石を埋め込んで道床、流れれば石がゴロゴロ・・・だよねぇ。バイクは進行方向が逆、写真右が本線、左が鴨沼のほとりへ。
(Photo:2007)

鴨沼の先はより林道の傷みが激しい。
レベル2の路面状況。
(Photo:2007)
Touringマップル2013版に掲載。広域マップルに一部が掲載。

 さて「箕沢林道」は地図の沢の配置と道の表記から、恐らく林道西側の沢に沿って上の林道に繋がる伐採道ベースの林道で間違いはなさそうだ、と思われる。
 片方をそう断定した結果、その手前にある「黒森沢林道」も林道の東側を流れる沢の名前が由来なのでは?と推察している。
 なんせ双方とも現地に林道標柱が存在しないので(仮)とつけるべきだろう。尤も、黒森沢というのは本流が七が岳林道の方にあるので、あくまで取り敢えず仮名として欲しい。
 この箕沢林道自体は有名なので、どちらの名前でも既にYouTubeで検索すれば幾つかの動画が視聴出来るが、現地を見る限り
凡ての動画が「箕沢林道」の方である。


「○○道向山線」とある林道標柱。
全長1.187m/幅員3.6mとある。規格から言えば昭和50年代の林道規格と同等か?。竣工年は未確認。


 ちなみに、共に造林目的の林道では在るが黒森沢林道は地図の上では中の森と鋏山の中間で事切れているのだ。
 戦後のパルプ産業育成に始まる国有林民間活用に伴い林道を開設したと思われる林道である。

 ただ、箕沢林道は当初は明らかに永年使用を目的とし、標識の設置や箕沢の護岸補強施行を散見出来る。
 それに比べて黒森沢林道(仮)はそのような設備は無く、林道としては格下ではないか?伐採道のまま?とも思われたが、
尾根の反対側は古桧(こび)峠なので、かつての「間道の間道」という可能性が出てくる側面もありそうだ。

 というのも、会津の峠(下)では現在の車道の古桧峠は新道で江戸期の道は別に在ると記されているからだ。そして、古桧峠のサミットには分岐が在り、丁度この黒森沢方向なのだ。

 基幹林道の七ヶ岳線が、開通記念碑によると昭和63年10月竣工とあるが、実際の林道開削は昭和40年代に車道として開削されている様だ。この同時期に箕沢林道も古桧林道なども整備開発されているハヅだが、正確な竣工年式は現時点で不明である。



実はここが三途の川だった、黒森沢?。
嵐の前の静けさの様な林道入口。(Photo:2013)


路盤流失!
この林道の「強羅絶対防衛線」を目視で確認!。


これが、道か?
道幅が在る、ただそれだけだ。
幅が在るから走れる訳ではないぞい。


隣の写真から見上げると遥かな高みに停まれ!の標識。この時点でどんだけ削られたんだよ?この路盤。

黒森沢林道(仮)
総延長:約0.8Km(箕沢林道分岐点より)
 全線未舗装
本林道は2012.10現在でピストン林道と仮定しています/@MR

 
では、逝ってみよう。
 
分岐からすぐに道は流失している(爆!
 いわゆるダブルトラックと呼ばれる轍が、まるで龍がのたうっているかの様な洗掘と化し、しかも沢側の護岸が流失して、落ちればまっすぐに沢直行という、在る意味箕沢林道よりもハードな設定といえる。
 入口がコーナーで路盤流失のタスクを超えると、目前には道幅こそ標準的林道サイズの道路が現れた。
洗掘しまくっているケド(涙w
 この日は匿名でピストン林道の登坂試験にお二人
「じぃ」氏「五郎ラックス」氏に来て頂いた。
 しかし、二人ともあっちゅ〜間にこの路盤をものともせず、いや薄ら笑みすら漏らしながら走り去って行ったのだ。いや、訂正。
 
フロントアップの哮咆が聞こえる、そのコーナーの先だな?



「ハマる!!」最初からレベル3


何も見えないよ、路盤。


草木の下では、道がザックリと
切り取られている。!



 林道はその路面上で洗掘を交差させつつ、河とともに緩やかなS字コーナーを介して登ってゆくが、繁殖する雑草に遮られて肝心の路盤が見えない。
 と思った瞬間!愛機TTRが洗掘落ちする。
左右のステップより洗掘が狭く深い為、洗掘の底にまるでタイヤが接地していない。
 よく見ると、草葉の陰で
洗掘が交差している。
 先の2台はその真ん中の島に上がった(よく登れるな、オイ)様だが、その通過で路面は見る影もない。仕方なくバイクから降り・・いや既に足は接地していたがな、力ずくで押し戻して洗掘から脱出した。
 既にエンジン音はなく、ガサガサと葉刷りの音と熊鈴が辺りの静寂を一瞥していた。再びエンジンを掛けて先行のDT200改に追い付き、二人の後を徒歩で追う。


Kumagoro-EYE。
この写真だけ見ていると、林道を走っているとは、誰も思うまい(笑w。

 S字を折り返すと僅かな直進が現れ、DT200R改が長い足を鎮座していた。
 TTRをスタンド掛けして降りる。
 先程の洗掘は影を潜めたものの、30センチを超える石がゴロゴロしている。その先の右コーナー途中、扉と呼ばれる雑草の壁から、テールを突き上げたセローが仁王立ちしていた。
 五郎ラックス氏をして
"全日本トライアル選手権クラス"の高難易度となっていたのだ。



人の頭程の石がゴロゴロ・・・


虎タイヤでなければ登って来れなかっただろう。
ここまでは、この先は?
レベル4か?
 
そう、
 
道は大人ひとりが腰まで入る深さの洗掘の後、三段の枯れ滝となって、立ち塞がったのである。

 
こうなると、流石のセローも立ち往生と言うべきだろうか?しかも、その先は笹薮に閉ざされ、完全に沢になっていた。



「何だこれは?」道か?沢か?。


「沢と一体化した道」いきなりレベル5カヨ・・(涙w



路盤全体が河!いよいよ
レベル5か?(笑w


完全に河、完全に被写体。

滝が急過ぎて登れない。渓谷と化している為、逃げ道も無い。狭過ぎて助走もおぼつかない・・・・(涙w

「終了!!」やむなくこの日は撤退した。

調査日(12/10/9)の状況:
 
2012年に多分20年振りに足を踏み入れたこの林道は、その頃で既に凄まじい急坂に沢から持ち込まれたで在ろう玉石が、まるで枯山水の如く林道上の真新しい砂利に鎮座していた。

 本線とも言える箕沢林道が凄まじいばかりの深化を遂げているので、今となっては、その峻烈さを推し量るばかりである。
 例によって、
路面状況は見ての通りなので、今更説明の必要ない人外魔境の状態であった。

 箕沢林道同様に、可能な限り行く事はゼンゼン薦めませんし、ここを見て面白そうだと思って現場で事故っても、
当方は情報提供のみの個人サイトの日記なので、一切の責はご容赦願います。
 まあ、"間道説"はあくまで仮説、確証は今の所ないので、この林道に付いても、文句は言わずに黙って走るか?帰るか?現場で叫ぶのかを、ご自分の判断でお決めする事をお願い致します。



周辺地図。黒森沢は七ヶ岳林道の下を流れる沢の名称にもある。
どちらにしても、標柱が無い林道だしなぁ・・・繋がるのかなぁ。