廃道日記(Riding・Report)




そこは、
地図にさえ置き去られた道。
もはや
当時の様子を知る人も術もなく、
地元の人すら、
ここが県の管轄する道路である事を
忘れ去られた道。
目的の鉱脈も今は失せ
廃道となった山道とトンネルだけが
僅かな残滓を留める道である。


ご使用上の注意!
このデータは、
あくまでおいらの走ったルートの
覚え書きです。
走行距離は主にバイクで測定し、
旺文社発行のツーリングマップルにて無断で補正しています。
また、掲載される内容は
大変危険です。
当サイト掲載内容による
いかなる被害も、
当方は保証致しません。


キャプこのContentsは、適当に増殖します。ョン
廃道日記(Riding・Report)011

「今度、七里沢を予定して居るんですよ。どうです、ご一緒しませんか?」
というニュアンスのお誘いを受けたのは万世の春アタックが終わって暫くの事である。

宮城/福島県道107号線。
 福島側に接する国見町の県境に存在するこの山崎峠は、もはやどの地図からも姿を消し、隣り尾根を抜ける普通林道伊達沢線のみの表記である。もう既に地元の方でもここにかつて鉱山があり、それ故に県道に指定され、隧道まである何ていう事を知る人も少なくなった事だろう。
 2005年春、MRは単身このルートを宮城から遡上し、命からがら山崎峠を突破。
これが当ページの新コンテンツとも言える「廃道日記」の第一回レポートとなった事は、今も鮮明に覚えている。
 崩れ行く隧道から見る春新緑の山並みは、当ページ閲覧の方々の心を強く打った事だろう。廃道美なるものが一つの見地として有り得るかどうかは後世の判断にお任せするとして、その記念すべき七里沢の今の現状は、やはり見ておきたい。
 初めての出会いから、もう20年になろうか?という古い友人の様な県道107号線。
Kimiさんらからのお誘いは、まるで昔の友人から手紙を頂いたようで嬉しかった。
当日は夜勤明けを押して、紅白饅頭さんも駆けつけた。



今回のルートはTouringMapple2005.3版に路線のみ掲載(林道表記なし)県道107号線は福島県のみ普通県道としての掲載。

 プロローグ 1

 合流した2台は、摺上川沿いの路地裏で今日の本隊と合流、4台のバイクは旧街道筋とも言える旧国道4号線を一路北に向かっていた。

しかし・・・お茶目な軍団である。
 先頭を走るkimiさんはラフロのジャケットにモトパン・ブーツの完全武装。


某温泉街で4台は合流。一路県境に向かって進撃を開始する。
先頭からKimiさん、sinさん、紅白饅頭さん、
しんがりはMR。


小坂峠のある県道46号白石国見線。この部分は峠にある万蔵稲荷神社の参道も兼ねる。
もっとも、本参道は写真左手の沢なりに山道となり、県道は隣を九十九折れで標高を稼ぐ。


 いつの間にかアイリスオーヤマ製リアBOXを装着したDF125は、準自衛隊災害救助活動専用車両のようである。

 だが、2番手のSinさんで状況は一変する。例によってメタル系革製品で完全武装した均整の取れた体格を包んで、なのにやたらめったら細長いTL125改に乗って小国峠を登ってゆく。
 やがて万蔵稲荷が坐す峠に辿り付くと、先日の初雪に埋まる中、峠の茶屋の裏から北に分岐する鳥取林道に最後尾のMRが突入する。
 間もなく、続いてやって来たKimiさん達と合流。相談の結果、当初の予定通り宮城側から突入として、小国峠に戻る事になった。

 峠では本日3番手の紅白饅頭さんが完全無欠の普段着で待ち構えている。
 本当にこのナリであの廃道に行くのだろうか?と思ったが、国道113号線から県道107号に分岐する地点で夜勤明けのこーはくさんは撤退を表明した。
 まあ、本日の相手は全国区の廃道・廃トンネルである。無理は危険だ。
「お気を付けてm(__)m」
こーはくさんに見送られ、3台は山の中に消えていった。

 リターンマッチ 1


七里沢に掛かる橋の名は「沢中橋」。
・・・そのまんまやがな。


国道113号に出て、東に。
赤井畑地区に向かう。


赤井畑地区の奥に佇む通行止め標識。
入口付近の状況は前回のレポ参照。



前回撮影忘れの橋を追加。


「ワラビの里」と言われる伊達沢林道との分岐点。
標識には「通行止め」の文字。もう10年以上この状態の標識自体が廃れて来たよ。
その大きさに、改めて行政側の意志が伝わる。



 林道セクションに入っても特に林道上には残雪などもなく、我々はサラリと林道と県道の分岐点に辿り着いた。
写真撮影で少々遅れたMR、既にkimiさんらは入口ガードレール前にバイクを置いてその奥に徒歩前進していたが・・・そのままReidでガードレールの隙間から突っ込んでゆく。
「こりゃ、
  すげえ・・・」


 前回の通過は2005年春、4年8ヶ月の時間は、道路の有り様を一変するには十分過ぎる程である。小さな沢のかなり奥から土石流が流れ、県道には流された倒木が散乱していた。

「バイクのタイヤ痕がありますね、最近ですね」
 倒木を乗り越えた前後にはキャラメルな轍が残っていた。丁度いい、このラインで逝きますか?

「戦闘開始、だな」
かくして、3台のバイクはその道路に突入した。
 路面状況は柔らかい赤土の土砂をメインに更なる泥濘を誘発する小川と豪華20年物の杉の倒木を添えて、かつて林道と呼ばれた部分を突き崩す勢いでぶちまけられていた。

 MRが撮影する間にkimiさんとSinさんが通り抜ける。その先にもう一つ路盤崩壊があるが、どちらかといえば奥の方がかなり危険な状態である。道路幅はもう1mそこそこで路肩の下はほぼ断崖絶壁である。

「ここも来年はあるのだろうか・・?」 最近、そんな所ばかり走っているなぁ。


突入後直ぐの2コーナー目で早くも土石流。
前回を上回る土砂と倒木で道路が埋まる。


僅か1mもない筈の沢は、土石流のために道路幅より広い程だ。


倒木に突っかかり、やむなくバイクを押すKimiさん。波乱のスタートだ。


虎車のSinさんは難なく突破!こういった状況には滅法強い!。


 第2崩落現場を通過すると、林道は杉林がその存在を隠そうとするかのごとく、1本の轍をしたためてそこにあった。既に先を行く二人はそのコーナーの先に佇む風景に釘付けとなっていた。
 生活の残滓は総て洗い流されて、1つの未完成の哲学がそこに存在している。
kimiさんもSinさんも、その風景に暫し見とれていた。

「3年振りだな・・・」
素っ気ないコンクリートのポータルには緑のオブラードがかかる。


そしてさらに次の先には・・・。

第二崩落現場がある。こちらは路盤崩壊が進み、最早バイクの通行もままならない


巌となりて、苔の蒸すまで・・・
「七里沢隧道だ」

 七変化の隧道 3

 隧道は更なる荒廃をしていたが、さほど劇的な変化はなく、ゆっくりと時間を掛けて埋まりつつある?と言う印象を受ける。
 無論、先ほどの路盤崩壊が確定してしまえば、年に両手で余る程の二輪車(動力・人力を問わず)による来訪すら途絶え、山の幸を求める村人以外は通わぬ山道に戻ってしまう事は明白だ。
「どうですか?お二人さん」(M
「凄い所ですねぇ」(K
「心霊スポットなんですよねぇ」(S


晩秋に荒れ狂った低気圧の影響か?
倒木も多数だ。
トンネルの先も心配だな。



第二崩落地点から隧道までの約150mの間に間伐による明かり取り区間が出来ていた。
写真右下に
普通林道伊達沢線が顔を覗かせている。


 疑ってかかれば、枯れ木も霧も幽霊だろうし、気の持ち様だろう。気味が悪ければ入らなければいい、それだけの事だ。
 霊感はなくてもいい、危機感と虫の知らせがあれば、などと考える。

「取り敢えず逝きましょう、ささ、どーぞどーぞ(笑w」(M
「ははは (^。^)y-゚゚゚」(S
「水溜まりは深くないですよね」(K
「季節によりけりでしょう?基本的に雨水でしょうが?」(M



3人の目前に「それ」は姿を現した。


[「七里沢隧道」だ!。
3年前と変わらない風情・・・しかし確実に落石が増え洞内は塞がれつつある。


 「これはなんですか?」
 七里沢隧道は基本的に未舗装だが、その抗口から奥への壁際に、使途不明なコンクリートの段差がある。路面は未舗装、真ん中付近は軽い沼である。3人であれこれと考えを巡らすがピンとした回答は出ない。

「取り敢えず逝きます」
 まずはkimiさん、続いてSinさんが飛び込む。二人とも中間の鉄骨部分と崩落箇所を横目に走り抜ける。
 その二人の走りをカメラに収めたMRも隧道に飛び込んだ。


最初の約20m前後がコンクリート巻き。
左右のコンクリート段差は何だろう?


隧道中央部の素堀区間と補強構造体。赤井畑側となる写真手前の右側は天井部分より
漏水の跡が見られる。大きな落石は観られず、他の場所より幕板の腐れが激しい。


補強構造体中央部。道幅が普通車一杯であり乗用車ではコンクリート基礎にドアミラーを擦るだろう。
七里沢隧道の象徴的部分であり、初期の隧道幅を残す部分だ。
因みに倒壊部分を観察すると、
この基礎は
単なる置き石であり固定されてはいない。
だから支柱が
倒壊するのだ!


soそして落盤地点。
福島側約5スパン分(約4.5~5m前後)が完璧に破壊されている。
しかし道路を塞ぐ程の石が避けられた形跡があるので、80年代に道路管理者が取り敢えず撤去
(といっても随洞内に岩石は置き去りだが)した可能性はある。、
パジェロが通行した1997年当時は支柱(鉄製の丸パイプだよ?)の倒壊はこれ程ではない。
天井部分に削岩機の跡のような物が見えるが・・・?。


 先ほど、洞内の水溜まりを雨水と言ったが、実際崩落箇所を見ると水の流れた跡が壁や天井にあり、どうやら地下水脈の圧力が上がって洞内天井に流れだしたのではないか?という趣を感じる。
 もちろん見た目の話なので、実際の崩落原因は不明だ。単に掘削途中の落盤にも見える所が素敵である。(核爆!


 この落盤部分が西側(福島側)抗口に次いで損傷が激しく、前回の来訪より天井からの落下物は確実に増えていた。現時点での車の通行は既に不可能ではないか?という狭さである。
 無論ここまで来る事はあのゲートにより叶わない話だが、
90年代にパジェロを通したとはもはや信じがたい程である。

 コンクリート抗口、コンクリート天井、素堀、鉄骨補強(一部崩落)、素堀、コンクリート天井、抗口とめまぐるしく変わる構造は七里沢隧道ならではの特色であり、福島側の抗口を軽く登り上げると、外の風景が眩しいばかりだ。
「頭、危ないですよ」(S
 福島側の抗口はコンクリートの補強や抗門の全くない抜き打ちの、いや隧道が途中で落盤露出したかの様な状態である。何故こんな中途半端な構造なのか?何度見ても理解に苦しむ。
 外から見ていたSinさんが抗口山頂で止まったMRを見て叫んだ。振り返って上を見ると、成る程今にも転がり落ちそうな人の頭ほどの石が見える。
「おお、怖ぇぇ〜」


福島側を塞ぐガードレールは既に転倒し、我々の良い足場になっていた。

 ガードレールが無いな?と思ったら、Sinさんがフン上る白っぽい物が倒れたガードレールだ・・・はは。

 kimiさんに写真を撮られた事を確認して、抗口から走り出す。
 抗口の先は直角コーナーだ、バイクが山崎峠に向かい合うと、目前には12月とは思えない程の鬱蒼としたジャングルが広がっていた。

 鉱山へ・・・ 4

 しかし、実際に走り出すと、一昨年から比べて遙かに走りやすかった。
 その理由はやはり晩秋だからだ。

 目前を塞ぐ藪はその勢いも失せ、見た目ほどの障害物では無い。



福島側の抗口が最も痛みが激しい。
もう保たないのでは?



抗口を出ると直角コーナー、県道は南東に
進路を変える。



新たな道路陥没箇所がある!
管理されないままに、道路の姿を留める事は難しい。



かつて難儀した倒木をまた潜る。
枝葉が減って通りやすくなった。



何度もなんども土砂崩れに遭う度に土砂が路上に蓄積される。
「見ろ!道路がまるで丘のようだ(byムスカ大佐)」。そして・・・
土砂はさらに下まで洗い流されていた!


次に倒木が殆ど撤去されていた事、無論MRが3年前切り落とした部分もそのまま残留していたし、他の部分も誰かが撤去作業をこなしている。
 路面崩壊部分に至っては、更なる土砂流失があったものの、かえって走りやすいという結果となった。

 こうして廃道区間を抜けると、林道の体を戻した辺りで、七里沢唯一の分岐路に辿り着いた。

「ここは?」
「鉱山の入口ですよ」
「散人さんのHPによれば、沢沿いにかつての鉱山の遺構があるらしいですが・・」
「へぇ・・」
「時間は大丈夫ですか?今日はペースいいので、逝ってみます?」
「いいですねぇ」

 早速3人はやっと上げて来た標高を今一度降ろし始めた。
急な坂道を下り落ちると、林道はヘアピンコーナーで方向を南西から北東に切り返す。

すると目前には倒木を挟んで崩落した土砂が道路を塞いでいた。
「上からの路盤か・・・?」

僅か1車線分の道幅をさらに狭める落石。


前回転落の憂き目にあった倒木は、誰かが刻んでいた。



この県道未通区間に唯一ある分岐点。
写真左手の登りが県道107号不通区間、右の下り坂は鉱山へのアプローチルート。
福島側からここまでは軽虎が入って来るようだ。



 バイクを置いて流失部分を見上げると、林の遙か奥に先ほど通過した県道が見え隠れする。けっこうぬかるむが、越えられない訳ではない。酷いひどいと言いつつ、3人は倒木を突破する。泥で靴底が剥がれてしまった。
 一服しようとスタンドを出すが、路盤がぬかるんでバイクが大きく傾いた。
この時、初めて気が付いた。
「この路面総てが、崩落した土砂なんじゃないのか?」
 不安を黙殺して撮影の為に林に距離を取る。
 すると沢と思われた部分はなんと大きなコンクリートの排水路が組み込まれているではないか?
「沢じゃねーじゃん」
sinさんも声を上げる。
やはり不自然と見えるのだろう、何か在りそうだ。
しかし・・・
「道が水没してますねぇ」
先頭のKimiさんがバイクを降りて叫んだ。


我々は険道を離れ、鉱山の跡地に向かう。


土砂崩れが起こる度に路上から溢れた土砂が上から降ってくる
そして、下の連絡林道に堆積する!。
この倒木越えの時、
何故大丈夫と思ってしまったのだろうか?。



下るのは大丈夫なんだよ、下りはね・・!。そう思いつつ、写真撮影の為に雑木林に入ると、
背後で沢の流れる音がする。「そういえば沢向こうだっけ?鉱山の遺構は?」



 500mほど下ると、先ほどのコンクリート水路がさらに道路に寄ってきて、林道は砂防ダムに飲み込まれてしまったのだ。ほぼ満水であり、歩くにも足下をよく見ないと沼に落ちそうな程笹に飲み込まれている。
「そう言えば不思議な経線ですよねぇ」
「最初のヘアピンの奥は空地でした」
「・・・あれが土場だったのかな?」「どのみち、一度戻りましょう」
 そして、3人は生き地獄を見る事になる。

 難関突破! 5

 やっとの思いでバイクを回して、来た道を折り返す。対岸に何か無いかと目を凝らすと、水路の上に平場が在るようだ、道路なのか?。やはり水路を中心として東西に鉱山は展開していたのだろう。
 そして3人の前には、先程の倒木付き土砂崩れ地点が最後の難関となって立ち塞がっていた。
 実際、倒木を境に道路にはかなりの高低差があり、下りはともかく、登るとなるとこの倒木分は丸々段差(約40センチ)となっていた。


しかし、沢ではなく大規模な水路があった。


水路の先に何か在るかもしれない。
3人は前進を開始する。



「隊長!もうダメですぅ!」
残念ながら道は砂防ダムに消えていった・・・。この砂防ダムの反対側にも道らしい窪地がある。


 さらに倒木までのアプローチは15度以上の斜度がありそのほとんどがそのそも流失した土砂であることで、所謂「助走」が殆ど付けられない状態であることが改めて確認されたのだ。
「つーか、最初に気づけ!>俺」
まずはkimiさんから、彼の採った作戦は「遠巻き」である。
 しかしそれには土石流の流れた赤土の部分をバイクで登り、倒木の上に出たらバイクを反らせて乗り越えるというものだ。何とか成功したものの、下りの最後で泥の上に漢起ちするDFにまさに手も出ない、全員泥だらけで「お手上げ」ポーズの記念写真(証拠写真?)する。つーかそんな情勢ではない気もするが・・・?。
 続いてSinさん、この状況でも天元突破で男の根性貫き通す!展開である。
 途中突っかかり焦るが、フロントが掛かってしまえば後は何とか押し上げた。既に全員汗だくである。
 「最後は零度かい」

最も単体重量があり、最もリヤタイヤが損耗している単車である。案の定全く登れない。3人がかりでどうにか倒木までは押し上げたが、これ以上は動きそうもない。
「仕方ない、Sinさん、このまま倒木に乗せ上げる様に倒します」
「?、はい?」
事情は当然飲み込めない罠。
「倒木の上にバイクを横倒しして、木の上で
回転させて向きを変えます。いいですか?」
「ガソリン大丈夫かな?」
「脱出優先でいいです!」
「ん、判りました」
 泥で全く足下の自由が効かないまま、バイクの前後を持って横に倒し、何とか倒木の上にのせ上げる。
 ゆっくりとゼッケンプレートの根本付近を中心に、時計回しに回転させ、倒木の反対側にタイヤを持ってゆく。
 ハンドルやキャリアが引っかかる所は持ち上げて倒木をかわした。
「よし、ここで持ち上げよう!」
「おっしゃぁ〜」


砂防ダム撤退位置より振り返って撮影。
もう道すら怪しい。



手強い上り坂となって倒木越えが立ちはだかる。
Kimiさんは倒木を高巻き路肩から攻略!



だが、軟弱な路面状態はまさに「泥の海」!。
「ボヒュ!」と言う音と共に突き刺さるDF!。


「これがホントのお手上げ」。(死語、既に埋葬済み)
オヤジギャクかましているバヤイではないのでは・・・?。




 渾身の力で車体を起こすと、見事零度君は向こう側に倒木を乗り越えた?
「こんなやり方初めてです」
「カウル傷になっちゃいましたね」
「ここにバイクを乗り捨てるよりいいよ」

 エピローグ 5

 乗り越えたと言っても、倒木の反対側もやっぱり泥の海。先ほどDFが沈んだ所に間違って足を突っ込んだりすると、足が抜けない程だ。
倒木に沿って車体をバックさせ、エンジンを掛けるとローでゆっくりと発進する。
「逝けぇ〜!」
 零度君が吠え、凄まじい泥をまき散らしながら脱出!こうして無事3台は泥濘地を突破した。


Reidに至っては遠巻きすら苦痛だ。
スリックタイヤと化したリアは、
全く言う事を聞いてくれない。



最後の切り札「秘技、定点バイクまわし」で窮地を脱する!。
無論「良い子はマネをしては逝けません」。



ヘアピンの外側にはかなり広い空き地があった。四方にキチンと水路が組み込まれている。
確かに何かがここにあった様だが・・・・?



 予想以上に時間を食ってしまったが、まあやむを得まい。ヘアピンまで後退し、その奥に広がる土場らしき空き地に歩いてゆく。
「不自然に何もないなぁ」
「水路はちゃんとしてますね」
 単なる土場ならわざわざU字溝で水路を造る事はないだろう。
 川沿いにはもはや誰も渡れないだろう仮設の木橋の残骸と、水路の向こうにやはり道路らしきものが確認出来た。しかし、例えば抗口の様な
物は発見できない。
「水路、裏山からキチンと入ってますね」Sinさんが声を掛けた方向を見るMRが叫んだ。
「それ、上は道路じゃないかな?」
「え?」慌てて振り返るSinさん。
「あ、道路ですねぇ」
kimiさんも確認する。
 だが、平場の奥で上下に分かれた道らしき痕跡も、その先は雑木林と藪に遮られ、行く事は敵わなかった。
何かがあったらしい?という疑念だけしか発見出来ずに、ここは撤収となった。3人は再び県道に戻ってゆく。
県道に戻ると、再び福島に向かう。程なく県道は長年連れ添った沢と別れ、単独で山頂ちかくの鞍部に入ってゆく。相変わらずのややぬかるむ路面ながら、道路幅がしっかりとしてくると、最後の直線が目前に広がる。
「ガードレールだ!」
 そして、3台は無事険道を突破したのだった。記念写真を撮ると、時間が押しているkimiさんが帰ると言う事で、現地解散となった。

 今回、取り敢えず隧道は閉塞していなかったものの、接続する道路そのものが危機的状況であることが判った。
 しかし、この道路を取り巻く現状は3年前のレポと変わる事はない。
県道の番号を外された山崎峠は、こうして元の山に戻ってゆくのだ。


再び険道に戻る!路面状況は相変わらずだ。


沢と袂を分かつ頃から道幅が鮮明になる。


最後の直線!。ガードレールはまだか?。


遂に突破!県道107号線を制圧!


●県道107号線「山崎峠」
 
区間総延長:17.7Km
A区間(赤井畑〜わさびの里Y字路) :区間長:1.5Km(未舗装1.1km)
B区間(わらびの里〜山崎峠県境)  :区間長:4.3Km(全線廃道・通行止)
C区間(山崎峠県境〜藤田駅踏み切り):区間長:11.9Km(未舗装8.2km)

調査日(07/11)の状況:
無論、無理せず素直に隣の林道区間を走った方が身の為です。
宮城側ワラビの里から隧道への道路状況がかなり不安定です。立ち入らない事をお勧め致します。



そして、再び福島の地に帰ってゆく3台であった。


前の林道に戻る。