林道日記(OFF-ROAD・DIARY)


ご使用上の注意!
このデータは、あくまでおいらの走ったルートの覚え書きです。
ですので、スポンサー以外のクレーム一切お断り致します。
走行距離は主にバイクで測定し、旺文社発行のツーリングマップルにて無断で補正しています。
また、掲載される内容は
必ずしも最近の状況及び写真ではありません。
走行日を良く確認し、一か八か?役立ててください。



このContentsは、適当に増殖します。


林道日記
(OFF-ROAD・DIARY)
070



まさかの大震災と
怪しげな原発事故は、
そこに住む人々の
ささやかな幸せを奪うものだった。

この林道に
もう一度轍を刻む事が出来る日は、
本当に来るのだろうか?









ゲートがどかされている。
それどころかゲート雪が積もっているし。


林道規格の1.5者線に作られたコンクリート橋。
大型車の片道通行は可能、普通車の離合は不可。


林道の入口はそのまま待避所であり、土場である



奥が暗橋となっている第一の沢越え。
奥は実はT字路だ。


おお、轍が深い?。
ジムニーと言えどこの傾斜で、ノーマル/LSD無しだとツラいかも・・・?。


深い切り通しを越える。路面は荒れ?。


おお、ガードレールよ。
橋ではなく堤を設けて暗橋で沢越えする。


堤を越えると、いよいよ見通しが良くなる。


新年を迎えて誰も通らない林道を、
無人の部落に向かって進む。
堤以降、ガードレールが断続的に現れる。


●やがて人外魔境となる準避難区域の林道群。
 「相馬中村街道」と呼ばれた森に古くからある街道群と、原町営林署謹製の林道群は、原子力発電所の炉心融解事故(何だよメルトスルーって?フザけるな!)に伴う放射能物質拡散がもたらす計画的避難地域の北側外縁に位置する林道群である。
 具体的には今回紹介する新宿地区を核として東西南北に枝を伸ばす林道群、東玉野から真野大倉に通ずる江戸時代の間道である軽井沢林道を中心とした一群、そして前に紹介した真野ダム「はやま湖」の北東部にあるロングダート林道日記060「北ノ入横川線」063「栃窪大倉線」から成る一群である。

 一方、国道114号線をメインルートとする汚染区域は原町からの南西の風に乗って放射能物質を飯館村・川俣町・福島市の順に垂れ流され続けている訳だが、はやま湖のある真野川や上流の真野川渓谷に沿って霊山掛田に流れ込むサブルートもある。
 今回の林道群はそのサブルートの山一つ北側の斜面から頂上付近という立地条件である。20年後に癌で死にたく無ければ、基本近づかない方が無難な林道である。

 なぜ、そんな道を取り上げるのか?

 どこぞの首相の言う通り、もはやf双葉、大熊、富岡町周辺は既成事実として核廃棄物のゴミ箱に成るのは致し方ない事実だ。廃炉と成る原発を含め、避難区域である地区は既に取り返しのつかない放射能汚染が残ると考えるのが妥当だろう。主人公の兄貴を宇宙人の人身御供に某イ◯カンダルから放射能除去装置コス◯クリーナーDの無償供与でも受けない限り、10年から百年単位の半減期を持つ放射能物質が孫子の時代に遺す「負の遺産」となるのだ。

 今回、街道がらみと言う事も在り入った林道群を、原発事故以前の状況と言う意味で写真を残して置くべきと思い、まだ未確認の所もあるのだが、個人的にアップさせて頂く事にした。
 当ページ「林道日記」は基本に"通り抜け林道をウプ"が原則だが、今回は未確認ながら「逝けるカモ」林道としてアップしています、あしからず。

TouringMapple2011.3版に掲載無し。林道入口の橋からほぼ全線記名が無い。
この橋は上中井塚地区にあるが、マップル系は総て下中井塚地区にある水路橋しか掲載されていない。
ネットマップ「ウオッ地図」には掲載されている。


林道中井塚線(仮称)
総延長:3Km 全線未舗装
 (起点より新宿地区卒塔婆峠三叉路まで、終点不明)
村道新宿線(仮称):0.6Km
(新宿地区卒塔婆峠三叉路から、
 新宿地区新宿林道十字路まで、
 終点不明)
概要
 中井塚林道はその入口にある橋の竣工年が不明であったり、起点はおろか終点すら確定出来ないという難点はあるものの、尾根西隣りの軽井沢林道が昭和46年竣工と言う事で、同年代の林道と思われる。
 原町営林署管内に於いて木材の輸送方法を森林鉄道からトラックに切り替えたのが昭和37年以降となるが、起点となる国道115号線の認定は昭和45年、さらに近隣の林道開発という図式を考えると、この中井塚林道の竣工も40年代と見るべきだろうか?
 ただ、新宿地区や卒塔婆峠など旧街道沿いは大正時代迄はそのまま縣道4号線とされている。中井塚部落の発生が何時頃かは不明だが、少なくとも街道を尾根沿いから玉野川沿いに移した後の大正末期だろう。
 営林署謹製の林道としては竣工昭和40年代と言いつつ、この部落を繋ぐ山道は大正末期から昭和初期には在ったかも知れない。

では、逝ってみよう。
 国道115号線沿いの中井塚という部落の西端に林道の入口がポツンとある。林道の入口であるが、風景にとけ込んで国道を走る車の殆どが気にしないだろう。
 真野川を渡る橋にも、その先のダート始まりにも特に表記や注意看板等が無い。簡易のゲートがあるが、道路脇にどけられたまま雪を被っており、通行に問題が無いと思われた。
 かつて通った際には新宿から峠下とも言える相馬市坂下地区まで通り抜けで来たので、この日もそのつもりであったが、結果は廃道日記にも在る様に坂下側にゲートが設置されており、バイクのみが僅かな隙間から通り抜ける事が可能である。


相馬坂下側のバリケード。この部分からの突破は不可。2輪はともかく4輪は駄目ぽ。

 橋を渡った林道は徐々に標高をあげつつ東に進路をとって、玉野川と平行に進む。冬枯れの雑木林の間から、玉野川を挟んで対岸の国道115号線と中井塚の部落を見下ろして行く。
 ほぼ地形通りにS字コーナーを抜けると2本の沢に当たる。
手前の沢は小さく、地図にも表記が無いが道路は暗橋に仕立てられている。沢沿いの直角コーナーは地図では点線が分岐している筈だが、良く判らない。次にぶつかる沢は大きく、ここで林道は進路を南に変え、沢沿いに新宿を目指す。沢に崖っぷちに成る頃から路面が荒れ始め、林道の真ん中を縫う様に流水に伴う轍が深くうねり始める。道路傾斜も10%を越えるだろうキツい上り坂だ。1月末という季節柄、残雪も堅く滑り、度々残雪で見えない深い轍にタイヤを落としてしまう。
クランク状の道は沢越えを暗橋でかわして、合流してくる沢とすっかり薮に埋没する道との分岐路を形成している。地図にある点線だが道幅がある。
地図が正しいなら真っ直ぐ卒塔婆峠に向かう山道の筈だ。



「通称、中井塚峠?!」標高約600mの小さな峠だ。
そしてジムニーの写真左(西)側には・・・?


「殿様道(とのさまみち)
と言われる相馬中村街道の道が・・ある。


そして、明治の街道分岐が在る筈だが・・・?
最初のY字路。

 都合3つ目の沢は
、水は殆ど流れて居ないものの、深い渓谷を大きく迂回し暗橋で渡る。この暗橋に伴う堤は差し渡し20m程在り、この林道で唯一ガードレールが設置されている。標高も400mを越えて林道の北側に障害物も無くなり、遠く見渡せる様になる。
張り出した尾根を地形に沿って左に回って迂回するとこの林道の峠に達する。後に地元の方に聞いた「中井塚の峠」である。広場の西側に山頂に向かって地図上点線の道が在り、これも卒塔婆峠に連なる「殿様道」とされている。
 峠の前後から路面状況も回復、普通の砂利道に替わり、下り始める。二つ目の廃屋のある路地が新宿部落の西端で、ここで林道は終了と思われるが、もしかしたら峠で終わりなのかもしれない。

調査日(11/1/16)の状況:
 基本、普通の山道である。その基本部分は問題なく普通のダートで、普通車も安心で走れる程だ。
 だが、沢沿い区間は傾斜もコーナー角も路面状況もキツい。雪は無論、天候不順な日は避けた方が良いだろう。
 滑り易い路面と排水路の無い急な坂で深く抉られた轍は、ジムニーのタイヤも飲み込む。

調査日(11/4/3)の状況:
 展望は良い方だろう。
 だが、そんな立地条件とか路面状況とか全然全く関係ない「残留放射能」を考えると、最早オススメ出来ない林道である。



二つ目のY字路!?。しかし、地図もこの辺は無人部落の西端と言う事で曖昧である。



このContentsは、適当に増殖します。

林道日記(OFF-ROAD・DIARY)070-2



初轍!?!、直進!。雪道に付けられた轍は総て新雪を被っていた。
新年1番目の突入である。うれしいなぁ。


「予想外の十字路」
マップル系に中井塚林道が無い為か?こちらも書かれていない事が多い!?。


正面が「新宿林道」。


地図上ピストンの様だが、
チェーンゲート鍵付き封鎖の為に未見。


仕方なく、というか取り敢えず東に降りる。
すると・・・?。

●やがて人外魔境となる準避難区域の林道群。
 「相馬中村街道」と呼ばれた森に古くからある街道と、原町営林署謹製の林道群は、原子力発電所の炉心融解事故に伴う放射能物質拡散がもたらす計画的避難地域の北側外縁に位置する林道群で、新宿地区を核として東西南北に枝を伸ばす林道群である。
 原発事故の汚染区域は国道114号線をメインルートに原町からの北西の風に乗って放射能物質を飯館村・川俣町・福島市の順に垂れ流され続けている訳だが、はやま湖のある真野川や上流の真野川渓谷に沿って霊山掛田に流れ込むサブルートもあり、今回の林道群はその真野川の山一つ北側の斜面から頂上付近という立地条件である。
 20年後に癌で死にたく無ければ、基本近づかない方が無難な林道である。

TouringMapple2011.3版に掲載されている。全線道路表記。


新宿林道、昭和53年竣工、原町営林署、とあるコンクリート銘板。

 市道坂下新宿線(仮称)
総延長:不明
区間延長:14.0Km ほぼ全線未舗装
 計測区間A:4.4Km
(字坂下浄水場から
 字新宿口新旧道十字路まで:)
 計測区間B:9.6Km
 (字新宿口新旧道十字路から、
 市道末端のT字路まで)



やっぱり例の十字路に出た(爆 でも林道起点とか・・表示ない。


戻って来る。
脇目も振らずにそのまま西に直進。


雑木林で判り難いが、既に廻りに山が無い。
見通しは悪いが、この時点で尾根沿いのルートに入っている。

概要
 新宿地区や卒塔婆峠など旧街道沿いは明治初期に新たに街道を縣道化する際に「新たに設けられた宿場=”新宿”」時であり、その後中井塚部落のある玉野川沿いに換線を受けるまでの紛れも無い「主要地方道」である。
 県道から市道に格下げ後、この道を管理したのは相馬市と言うより原町営林署と言うべきだろう。まさに相馬藩政時代に「御森」と言われた潤沢な森林資源を、日本の高度成長期に惜しげも無く供出した歴史が在る。
 現状を見る限り、例の旧道三叉路からは市道ではなくほぼ林道という状態である。そしてその末端はついに大倉に出る事無く、横川林道のある胡桃坂地区に合流する(筈)。

では、逝ってみよう。
 中井塚林道(仮)から新宿に入る。部落に人影はなく、かつての明治県道を抜けると三叉路が現れる。
右折(直進)が新道、左折が旧縣道である。新道に直進し山を登ると、尾根沿いで十字路に出た。
 十字路の正面が「新宿林道」とある。地図上、真野側に抜ける事が叶わない片道林道で起点から急な下りダートという状況である。だが、この日はチェーンに鍵が掛けられ通行を途絶していた。
 起点確認のため、取り敢えず左折し山を下ると、間もなく先程別れた旧縣道が左から合流、電波塔への道路と共にやや変形の十字路を形成している。ここまでは地図通りの展開だ。



「ヘアピンで急速に下ってゆく」10t車でも回頭できる幅がある。


途中にこういう堤状態の所が3カ所程ある。
高低差も在り、まさに「馬の背」。

 しかし周辺には見事にススキ原で、起点等の痕跡は全く見当たらない。
 仕方が無いので、この変形十字路を基準に距離を採る事にした。旧縣道沿いの祠に手を合わせつつ、車を回して元の新宿林道のある十字路まで戻って行く。
 そして今度はこの十字路を直進、市道の末端まで進む事とする。
最初こそ造林の深い杉林に視界を塞がれて居たが、突然雑木林となるとこの道は相当標高のあるスカイラインとなる。直ぐ先の名も知らぬ峰は、地図で見ると標高590m前後、馬の背の様な道をウネウネと峰から峰へ渡り歩く痛快な市道?である。
 撮影中に路肩に票杭を見つけると、そこには「農林省」とあり、国有林に道を作った事が窺えるが、




「切り通し」ではなく「二つの峰の谷間」
バカでかい一里塚とも言えるかも?。


胸の谷間を抜けて大きくターンする道・・?。市道ですか?。やっぱり林道でしょう。
ターンを繰り返しつつ、
進路は西から南、東へと尾根沿いUターンする。


眼下の南東に見えるのは・・・
はやま湖!?! (T_T)。。。

「果たしてここは市道?林道?」
という疑問に回答は見いだせない。だが、ここはもう林道と言えるだろう。

尾根伝いの道際にはこの「農林省」と書かれた杭が多数あった。やっぱ林道?。
 余りに楽しい都合6つの尾根筋を渡り歩いた林道は知らず知らずのうちにその方向を西から南東に向けていた。つまり、尾根沿いにUターンしていたのだ。やがて唐突にT字路が現れる。
 
地図上「大久原」と書かれた所には二つの路地が描かれ、このT字路はその最初の所だ。取り敢えずここは直進する。
 すると、S字を介して土場が現れ道が別れている。これが二つ目のY字路だろうが、地図上枝分かれと思われる左の道はススキの海に呑まれてゆく。
 


何の変哲もないT字路。
ここが大久原への「二つの入口」の一つ目である
直進(写真左方向)の写真は失念。


左折の切り通し、ここも峠と言える。
写真奥、東に下り始める。


しかし、その前に



 
そして本道?と思われた右は、その先に木製の門と、私有地を思わせる有刺鉄線に囲まれていた。
「どうやらここが末端だな」踏み込むと雪も深くその下の倒れたススキも深そうだ。ここでターンし、手前のT字路に車を入れる。曲がると直ぐにそこそこ深い切り通しがある。
「む、こちらが本道か?」と思った瞬間!
ズボズボズボズブ〜〜〜!
 反射的にギアを一つ落として、アクセルを開けるも、ジムニーは停止寸前、4駆モードではあったが、
こんなトラップが在るとは・・フロントをソーイング(駆動を掛けながら左右にハンドルを切ってトラクション位置を探す)すると、引っかかりがあった。
 路肩に寄り添って何とか脱出する。
切り通しが崩れた石がタイヤにひっ掛かり、辛うじて脱出できたが、単独に危険を感じたMRはUターンで今度は勢い良く越えて戻る。

 地図を見る限り、この2本の道は大久原の東で一本と成り胡桃坂地区に繋がっていた。
その道に、覚えが在る。
東から大久原に入る林道は「横川林道」の筈だ。

調査日(11/1/16)の状況:
 ほぼ放置状態、奥に行けば逝く程にヒトの入った形跡がない。路面状態は良好、
馬の背区間は「爽快」の一言に尽きるが、なまじスピードに乗る為故に誤って転倒、転落すると相当危険だ!通る車も皆無なので自力脱出出来ないと思うなら入るべからず。また、爽快な馬の背も残留放射能が高い可能性があるだろう。




このContentsは、適当に増殖します。

林道日記(OFF-ROAD・DIARY)070-3



基幹林道北ノ入横川線、終点付近。

基幹林道北ノ入横川線、終点部分。              横川林道、起点部分

そこは「横川林道の起点」でもある。


●二つの廃村を繋ぐ道。
 原発事故の汚染区域は国道114号線をメインルートに原町からの南西の風に乗って放射能物質を飯館村・川俣町・福島市の順に垂れ流され続けている訳だが、はやま湖のある真野川や上流の真野川渓谷に沿って霊山掛田に流れ込むサブルートもあり、今回の"新宿地区"林道群はその真野川の山一つ北側の斜面から頂上付近という立地条件である。
 謎の市道(死道?林道?)は阿武隈の尾根沿いをまるで「クビカケの森」を避ける様にUターンして、再び相馬に戻る道筋と思われる。

 地図には「大久原」と記される地区は既に廃村である。ここで、東側の胡桃坂地区から登る横川林道と合流し、環ルートと成る(筈)である。

TouringMapple2011.3版に道路表記で掲載。部分点線表記。

林道横川線
総延長:不明
 計測区間:3.9Km 全線未舗装
 (起点から路盤崩壊地点まで)
概要
 以前紹介した相馬を一望出来る林道「北ノ入横川線」の終点から接続する林道。MR提唱の「阿武隈山系縦断林道網」の"北端の要衝"と位置づけされたものの、終点と思われる大久原地区が廃村化した為、現在は普通車の通行が不可と成る程に荒れた廃道と成っている。


変則3点セット(爆。
路線起点(終点)標柱、間伐促進看板、熊注意。


太さ30センチ近い起点標柱。
しかも左右で起点・終点が書かれるモノは、
初めてだ。


写真右が本道。写真の撮影は2010.6。欄干の無いコンクリート橋を渡って行く。
写真左(南)側の山は真野ダムの下流である栃窪地区である。


では、逝ってみよう。
 基幹林道「北ノ入横川線」のある胡桃坂地区に起点が在る横川林道。国道115号線から入って来ると、道なり直進でずっと付かず離れず横川に寄り添っている。北ノ入横川林道が左から合流しても、顔色一つ変えずに道なりに起点から突入と成る。
 初めて横川を古いPC橋で渡る。
 橋の手前に分岐があるが、橋を渡らずに川沿いに進む左の道は、同じ橋の袂にある渓流魚養殖場の取水口から先で急に道が不鮮明と成り薮に没してゆく。


荒れた路面でワープする。
木漏れ日が美しい。


連続ヘアピン区間がある。これは上のヘアピン。路面の内側が流されている。


 横川林道本線は橋を渡ると猛烈な登り直線と成る。
 渡って来た横川を左の眼下に捉えつつ、フルスロットルをくれてやると、ニコTは喜ぶ様に身を振るわせ獲物に襲いかかる肉食動物の如く荒れた林道を登って行く。
 途中、治山工事を終えたばかりの急斜面があるが、もう山からの漏水で盛り土が崩れ、林道が洗掘されていた。
(2010.6)
 2段のヘアピンコーナー出現と共に林道は横川と一旦サヨナラして駆け上って行く。ヘアピンは路面が洗掘され、バイクをリーンさせるとタイヤがグリップを失って飛んで行く。
 これをほぼ力ずくで押さえ込んで曲げて行くと、一見ただの枝道が在る分岐点に到達する。轍は道なり右折しており、左に曲がる車が皆無である事を指し示していた。


治山工事看板にはH10.6からH11.1月迄とある。?。


全体として路面状況は悪く無いが、
部分的には荒れてます。


春の時点で道成り直進、
写真左の"本線"には全く轍がない。



ここより公園内(爆 でも林道終点とは書いていない。



 これが横川林道の本線と判ったのはつい最近。
 この地を初めて走ったのは10数年前にも成るが、その頃確かに横川林道は別ルートだった。ヘアピン区間を走らずに、直接横川の北側を北上する道があった筈だ。この道は恐らく砂防ダム工事等の理由で現在は封鎖されている。大久原の廃村で地元のヒトも山隣りの板屋地区にしか通らない為、ヘアピン上のサブルートも交通量が無く廃道化していたのだ。

 そしてこの日、一度はスルーしてしまった夏の激薮な林道は、装いも新たに車幅も揃えて、ジムニーの前に姿を現した。
 冬枯れの林道は思ったより道幅もあり、途中の橋など伐採に伴う進入車両を大型ユニックトラックを仮定して作られて居たようだ。
 林道は分岐からちょっとだけ登ると、再び横川に合流すべく下り始める。
その横川の川面が見える所まで来ると、落石注意の区間に入る。
 ジムニーで突入したのが震災前なのだが、既に落石が多数あり、また落下した岩石が巨大なので、震災後の道路状況が危惧される。場合に拠っては車の通行が出来ないかも知れない。


横川の川縁に向かってまっすぐ進む林道。


川沿いルートは「落石注意」区間。


「一撃必殺」ざっと2tあるかな?こんなのに突撃されたら絶対死ぬ。


 欄干の無い林道仕様の橋を渡ると、目前には造林された杉林が広がるが、どうやら間伐前で樹と樹の間が狭い感じがした。
 S字の区間を過ぎると西に向かって真っ直ぐに伸びる直線が現れる。林道は橋から再び登りに転じて、標高を上げて行く。すると右(北)側から合流する林道が現れる。これが隣りの板屋地区から登って来る道だ。
 この支線もジムニーで板屋地区から逝ってみたのだが、沢越えの部分で車両通行禁止の激狭区間となっていた。どうやら水源地保全の為の措置も在る様なので、無理せず引き返している。


板屋地区の区間。写真奥のコーナーは道幅1.5mを割る。手前の標識は相馬市水道局謹製の水源地通行止め表示。

 林道はこの三叉路から下って直ぐの所で路盤崩壊で終わっていた。
小さな沢があるのだが、恐らく鉄砲水だろうか?暗橋の左右が壊され、道は幅1mを切る一本橋の様相である。
「オワタァ!!」(終わった、の意)
 地図上は確かに繋がっていて、一部の地図には北の坂下地区に伸びるバイパスの様な道すら描かれる大久原部落。幸い相馬市は福島市よりも遥かに放射線量の値も小さく、原発さえ収束して頂ければ、また春先に逝ってみる事が出来るだろう。


その舗装が途切れ、再びダート。


営林署の使い勝手に優れた直線道?
ゆっくりと上り坂だ。


板屋地区からの林道(地図上推定、写真左の道)に合流する・・?。
こちらは轍すらない。


調査日(11/1/16)の状況:
 ほぼ放置状態、奥に行けば逝く程にヒトの入った形跡がない。路面状態は良好だが、部分的に大荒れ(爆 むしろその方が良い方もいらっしゃる鴨。
今年春の時点で少なくとも車は通行不能。バイクで通過出来た方はご一報願います。(笑



雪で判り辛いが
「ヒューム管は虫の息」
オーバーハングに逝ってるので、道幅以上に道が無い?と云うべきか?。