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ご使用上の注意!
このデータは、あくまでおいらの走ったルートの
覚え書きです。
走行距離は主にバイクで測定し、
旺文社発行のツーリングマップルにて無断で補正しています。

また、掲載される内容は
大変危険です。
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 プロローグ 1

 仕事柄、秋は一年で最も忙しい時期と言える。
 9月の連休は二つとも仕事で、巷で言う「シルバーウィーク」なんて言うには己の首を賭けて直訴玉砕を覚悟しなけらばならない。
 
紅葉シーズンの終わりは廃道シーズンの始まりと言えるが、雑用の多いMRがツーリングで連休どころか、まる1日開けるのも一苦労だ。
自然と半日行動が板につく。
 この日も土曜日夕方に何とか日曜の午前中が開けられそうなので体調を見て翌日に走る様にした。
 いきなりなので単独である。
 午前中に幾つの峠を越えられるのか?今日はそんな感じてカメラ片手に出発した。ついに慢性的心臓病を抱えてしまったTTR269改はお休み、もうそろそろタイヤのヤバいKLX125で走り出す。


 TAIGAカントリークラブ裏の枝道に入る。昔は貯水場に抜けられた道だっただ取水口までしか道が無かった。


 
ウソです。震災よりもその後の放置プレイの為に荒れてます。
ゲートが開かないだけで、ジムニーだって逝けちゃう。
メリット少ないけど。

 名も無い峠から
 母成峠へ。
2

 
久々に本宮から磐梯熱海に抜けた。
 県道146号線の未通区間はさておき、隣の大玉TAIGAゴルフ場の間を通る名も無い峠を抜けて守谷温泉別荘地に出る。
 さらに林道名七瀬線で石筵地区の県道24号線に出る”七瀬?”峠(仮)を越えて行く。この二つの峠も地図に名前が記載されていない。
 写真を撮りつつ合流した母成ラインは紅葉狩りのファミリーカーやツーリングライダーで賑わいを見せていた。


フッ、まだ青いナ




七瀬林道の名も無い峠を越えて石筵へ。
母成峠の写真は無い。色合いも終盤の佇まいだが、追い抜きに夢中だ。


 しかしこちとらトルクの無い125ccなので、全開で登らないとすぐ失速してしまう。
 車もそうだが、前を走る12~3台程のツーリンググループも400cc以上の大型車なので、ブ厚い低速トルクの恩恵で難なく登って行く。このリズムでこの佳子ちゃん(KLX125の愛称)はこのつづら折れを登れない。
 
申し訳ないが、ここはこのグループを抜いて行く。
 ヘアピンで大外からR1をパスするのを皮切りに貪欲に一台、また一台と抜いて行く。きっと抜かれた方はこっちが「申し訳なく抜く」なんて思ってないだろうな。中段辺りにトライクがいて、母成のヘアピンが辛そうだ。


この辺に県道146号線が合流予定、何時になるかは未定



小田達沢線終点に到達。ここら辺りで紅葉本番かな?。


 先頭のアメリカンを抜く。事情を察して道を空けてくれたライダーも何人かいたが車種がバラバラなのでオートバイ店などのマスツーリングだろう。

 さらに彼らが難儀しているファミリーカーも抜くとそこが母成峠であるが、既に紅葉は終盤と言えた。

 
ここもかつては一本の林道であった。
 母成峠は戊辰戦争の際に政府軍の圧倒的戦力に会津軍が最初に惨敗し、会津城下の惨劇の始まりとも言える峠だ。
 戊辰戦争全体の流れとしてもこの峠がたった一日で陥落した事が最後まで影響したと語る歴史家は多い。
 昭和30年代に旧林道中丿沢熱海線(仮)には幾つかの仮設の木橋が掛かっていたが、当時の橋は車両通行が出来ない橋(丸太橋?)で、それを当時のカブで越えたという武勇伝を聞いた事がある
(その後有料道路開通後も道や橋は一部残り、発売されたばかりのYAMAHA DT1で越えられたという話も聞いたが)

 因みに母成グリーンラインは愛称で、正式な路線名称は「主要地方道中丿沢熱海線(県道24号)高森熱海有料道路」だが、勿論現在は償還が終了し、無料の県道となっている。


達沢峠。ここもあまり視界が良くないので
写真も撮らずにスルー。
(Photo;2010.9)


春先でさえこの調子、夏は凄いんだろうなぁ。
(Photo;2010.9)


「起点、小田の部落へ!!」揺れるススキが日に翳される。


 達沢峠から小田へ。 3

 中丿沢温泉で進路を南に、不動滝の方に転進すると対向車の殆どがバイクだ。
 滝見帰りと思いつつ、最後の部落から不動滝までの中間にある林道小田達沢線に入る。
 3年振りに通る達沢峠はすっかり木々が生育して眺望の少ない林道になっていた。峠の土場も9時というのに薄暗い。
 小田に向かって下り始めると路肩の雑草や轍が激しくなり部分舗装されてる所にも砂利が流れ込んで解く滑り、末期のM51を履く佳子ちゃんを苦しめる。

 小田達沢線と三河林道のT字路。
写真は小田部落から正面直進が三河林道。
写真左が小田達沢線

(Photo;2010.9)



「小田部落に在る神社」


 やがて三河林道の麓の部落である小田に到着。林道づたいにすぐ三河林道には行かず、部落唯一の商店に向かう。

「蠶養神社」かいこさまを祭る神社である。村社とあるので村が奉った神社だろう。神社そのものは延期式に在るから古い。


秋空に赤い屋根の鐘突き堂がある。
由緒正しい神社の末社なのかな?





「いい感じだ」剥落した風合いが社を感じる。
黄色い紅葉が青空と共にコントラストを引き上げる



秋だな、うん。


「スズメバチだ!」。退避しつつ写真撮影。

 おばあさんが一人で商いしていた店の店内に商品の品揃えは既になく、店先の自動販売機で甘そうな缶コーヒーを買って手を温める。
 朝方の花曇りも取れて、雄大な裏磐梯が見える。まだ山頂付近に雪は無いが、もう間もなく雪化粧を纏う事になるだろう。
 近くの蚕養(こがい(国?))神社でコーヒー片手に写真撮影。いわゆる蚕様を祭った神社だが社内のイチョウを撮影していると聞きたくない羽音が!
 振り返ると案の定社屋の軒先に
そこそこでかいスズメバチの巣があるではないか!直ちに退散する。

 三河林道も小田達沢線同様、3年振りの来訪だ。始めは何事も無くスルスルと林道を駆け上がって行く。

 川を渡った所で通行止めを示す古びたバリケードが立つ。MRはこれを華麗にスルー、さらにアクセルを回してトツゲキしてゆく。
 その足下には何台かのバイクの轍がある。確実に繋がっている筈だろう。
 やがて茶房ダムを越えて郡山に向かう進行方向左側が崖っぷちで裏磐梯がよく見える所から、猛烈な洗掘が始まった。


三河林道に突入する。
洗掘が出来ている。




「素晴らしい!」
この日、三河林道の紅葉は最高潮だった。


見上げれば見事な色合いを見せる紅葉。


 これまでも三河林道の晩秋時期は洗掘が発生していたが、震災以降はその規模が年を追う毎に酷くなっている。
 幅も深さもなかなかで、普通乗用車なら間違いなく脱輪、接地する深さと幅である。轍の深い所が1m近くもあり、改造ジムニーなら楽しくてしょうがない油断ならぬモーグル&ステアケースの連続である。
 中段の大瀧山中継電波塔と祠がある所では、祠前の水飲み場に水を供給する導水管がすっかり露出し、踏まれて管が破損していた。
 ヘアピンを重力に沿って道を横切る洗掘が実にイヤラシい。

 さらにその上のぼた山地点、キツいヘアピンが流されて俺に無断で洗掘というより沢に変わっていた。
 結局、祠周辺から林道開削記念碑までの区間は悪魔の荒れ具合で車の通行を途絶せしめていた。
 記念碑はスルーして中間点の広場まで登って休憩する。
 電力会社の風力発電所候補地の風力データ計測用の鉄塔は既に撤去されていた。


そして見下ろせば、鬼のような洗堀。



水道管が露出する鬼洗堀が延々と…。



 すると、1台のハリアーが郡山からやってきて会津に降りていった、いや?停車の後バックで戻ってくる。
「会津まで通れますか?」
「車は無理ですね、大分道が流されてますから」
「そうですか、取り敢えず行ってみます」

 まいったなぁとボヤきながらハリアーのおじさんは下って行く。本当に大丈夫か?




あ、収まった?。


「そんなワケねぇ!!」

●走行路線一覧(林道日記より抜粋)。
 1)県道380岳温泉大玉線/石庭本宮線/林道七瀬線 09'7/23改訂
 2)主要地方道中丿沢熱海線(県道24号)高森熱海有料道路」
 3)広域基幹林道三河小田川線小田達沢線10'9/24 改訂