2008.11.2
Repo MR
Photo MR
&
あずさ2号・SJ30V


「ボクハ、アノミチニ、コイシテル・・・?」

あれから2年
Big峠は装いもより凄惨な佇まいとなって、我々を出迎えてくれていた。
剥脱する法面補強のコンクリート。
暗橋はその殆どが土石流によって機能を失い、行き場の無くなった大量の土砂と水を、国道とは名ばかりの極狭の舗装路面に叩き付ける。
時には巨大な倒木まで運び込んで、幾重にも折り重なり崩れている。
幾重にも、幾重にも・・・。
その結果、路盤・路肩に負荷を与え、道路の崩壊に拍車を掛ける。
露出した土には容赦なく植物が繁殖し、道路を包み込んで行く。
植物によって保持される水分が、更なる崩壊をもたらす。
悪循環とさえ呼べそうな廃道化、緑化への自己再生プログラムが荒れ狂い、人の造りし生命線である道路を蝕んで行く。

その只中に、8人は居た。



Project 「TWIN-PEAK'S Ob-Road Carnival 」Fast Peak 2


キターー・・・!!
改めて思う「これが国道121号線だというのか?」


 倒壊道本線、
   喜多方行き。

 あれ程美しく青い空は何時しか消えて、風は鉛色の雨雲を運んできていた。
「なんだこれ」
 多分Sinさんの科白だったと思う。
初めて訪れる者は驚愕するその情景、道路に極太の鉄骨が倒れている。
それも1本2本の話ではない。
うねるその先端は、さながら龍の躯の如く波を打って道路の上を彷徨う。
高く、低く。
 飯豊連峰に降り積もる3mからの圧雪に耐えられなくなった工事用の仮設防護壁がこともあろうに道路に倒れ込んでいるのだ。
 そもそも、一般供用の筈の国道に「通年仮設の工事壁」である。それだけでも異常なのに、この壁は道路保護が目的ではない。鉱山の運用上ここに建っていたのだ。「鉱石を運ぶ車が採掘の妨げに成らない様に」建てられたのである。因みに仮設は通年だが国道は11月から翌年5月までは積雪通行止めである。

 通過2回目のSJ師匠が猛然とアタックを開始する。避ける所は待避、乗り上げの効く所では躊躇なくWRのフロントを上げて行く。
 しかし勢い余って転倒、一度転倒してリズムが狂うと、次々と襲いかかる鉄柱攻撃を持ちこたえ出来ない。Kimiさん、モトラさんと後に続くが、こちらはまったく走れない。
「つーか、道じゃねーから、ここは」
 悪態を吐いて、先行突破した師匠が後続を助けに逝く。1台の通過に三人がかりで倒壊区間を通してゆく。
 倒壊した区間は、第2ホッパー塔を挟んで概ね北区間と南区間にわけられ、それぞれが更に2ステージに分けられる。


Photo★ALBUM-2


鉄骨に蹂躙された国道。
ネットの残る部分は段差も低くグリップもある。



が、一度踏み抜けば
押して通過以外に方法は無い。





北エリア第4ステージ突破!この後、北3、南2・1と試練が続く。
後ろであずささんがすっかり疲弊している。



 峠にはポツポツと雨が落ちてきていた。
北ステージの前後で各車が断続的に多重スタックに陥り、後続または突破した者がサポートに入る。
 その情景を後ろからあんぐりと口を開けて眺めるあづささん。
「一人じゃ絶対無理・・」(あ
「3人位がオススメです(笑w」(M
 災凶区間に乗り上げのエキゾーストがこだまする。その後、あちこちで同時多発的に転倒の音と「あ〜!」という声が聞こえてくる。
 転倒したMRのTTRは見事に全長と倒壊した支柱の寸法が等長でハマってしまい、引き起こす事すら出来なくなる。
「まるでマンガだよ」(M
五人がかりで引き起こし、そのまま突撃すると、そこはあの場所だった。
二年前に途方に暮れて空を睨んだ・・・
あの場所だ。

 驚いた事に、鉄柱攻撃を放ったH鋼はそのあらかたが引き千切れかけ、コンクリート基礎だけが傾いて露出する格好となっていた。
何という積雪の圧力!
 驚愕しつつも、やはり前回同様、法面側に向かうしかなさそうだ。
 先に転倒した位置と鉄柱の前後関係が悪いが、人数に任せて無理繰り突破する。
Reporter自身がこんな調子なんだから、とても全員見ていられない。
 だが、この地点で多分参加者全員1回は転倒していると思う。また、例え転倒は免れても、サポート無しの単独突破は有り得無かったと思う。
明らかにバイクを押している時間が長い。
 
気が付くとモトラさんが遂に上半身裸でサポートをしていた。
 始まった頃のおずおずとした距離感は何時しか消え、8人はまるでテレパシーで繋がっているかの様な一体感の元、窮地を突破してゆく。

 鉄塔群が消えると、ススキの先から崖っぷちに幽鬼の様な建物が見えた。
「第2ホッパー塔だ」(M



北ステージ第3エリアにはあの鉄柱がある。
人数にモノを言わせて突破。

Photo by SJ30v


「押せぇ〜〜」「力の限り押せぇ〜」
「根性見せてみろぉ〜〜!」

Photo by SJ30v


流石にタダでは帰してくれないらしい。
レバーも骨折。

Photo by SJ30v



喰らえ!!必殺"廃"キック!!!なんちて。


 ホッパー塔の前は採掘した鉱石を運ぶトラックのプールになっていたせいか、かなり広い。もっとも、大半がススキに占領されているが、ほぼ真ん中の道路上で先行突破した面々がヘルメットを脱いで一休みしていた。
 皆さん、せいろから出てきた中華まんのような湯気である。ゴクゴクと喉を鳴らして、こーはくさん進呈のイオン飲料を飲み干す。
「まだ半分だから」(熊
「え〜!?」
誰かが不安を口にする。
「だって、福島側も工事区間があるんですよ。側溝の一本橋」
「ええぇ〜!?」
 下見によると山側の側溝を残して道路の基礎からやり直す復旧工事をしていたらしい。まだ災凶区間ですら半分、流石に初めての黒Jimさん達がゲンナリしている。
 無理もない、MRでさえが三人以上と考える極上廃道である。
本当にこの区間だけは尋常ではない。
 一同が和んでいる中、あずささんは黙々と撮影をこなしている。


オーバーパンツは廃棄処分。
Photo by SJ30v


もはや運転ではなく救助活動である。
汗だくのモトラさん、一肌脱いでます。


何事なく難なく突破の熊五郎さん!
「ヤツはニュータイプなのか!?」



あまりの暑さに遂に裸のモトラさん。
「なんだこの違和感は」(笑w。




写真左上より「動力室」中央が索道用の鉄塔で手前に一基倒れている
そして国道上に「ホッパー塔」(写真右下)がある。



 ハタと見ると、オーバーパンツがマフラーで焼けて穴が空いて、下のオフロードパンツが覗いていた。
「溶けたんかい!」(M
一同、大爆笑である。

  隧道から福島に

 ひとしきり歓談?のあと、再び南下を開始する。第一ホッパー塔を過ぎると前の方から伝言が来た!
「この先路肩ギリギリに崩れてますって!」(熊
「落ちたの!」
「大丈夫みたい!でもホントに道無いみたい
さらに前の方から、
「大丈夫、逝けます!」という声が聞こえた。
 実際に言ってみると、成る程、既に路肩全体が30センチほど落ちてしまっていた。既に獣道の様な趣だ。
確実に一昨年より落ちてる!!
 ススキの生えた路肩は既にオーバーハングに近く、その道は倒壊した鉄塔の突端とハンドルの接触をかわしつつ、落差30センチ程の滑るススキの段差を登るのは中々にスリリングだった。
流石にここは誰も写真に収めていない。

 しかし、これを越えると目前に大峠トンネルとBikeGaugeが見えて・・・
「ボアァァアァ〜」
 
強烈な排気音と共に見上げるとSJさんが国道の上にある大索道大峠駅跡までの作業道を凄まじい勢いで登っていった。
Miki軍団は既にGaugeを抜けた処で一服と記念撮影をしていた。
「やるなぁ、SJ師匠」(M


南エリア第2ステージのラストにそそり立つ第1ホッパー塔。


災凶区間、突破!!。



かつて全長8.2Kmを誇った大索道の駅がここにはあった。
眼下には国道121号線を中心に、かつての鉱山道が網の目のように紡がれていた。
「今は、それしか無い」それしか無かった。


「MRさんもどうですか?僕は上まで行って来ましたよ」(熊
そこまで言われちゃ・・・とMRはGaugeをぬけて反転!丁度SJさんと入れ違いで作業道に突入する。

 そこも、既に人の道ではなく、植物達の楽園と化していた。
 登れるだけ登り詰め、最後は倒れたTTRをそっと置いて、見晴らし良い峰に歩いて立った。
Big峠を、西から俯瞰する。
「強者どもの、夢の後と言う訳か・・・」
山肌にはうねうねと続く山道しか無かった。他には何も無い。
 ここにかつて大規模な鉱山と、それを支えに生きていた人々の息吹は消えていた。
 時代と共に移ろい、消えていった再生日本の小さな歴史
初代田住工業所社長、田住豊四郎は初めてのBig峠を希望に満ちて俯瞰した事だろう。
今は、何もなかった。
 
消えゆくように排気音が聞こえて振り向くと、kimiさん達が移動を開始していた。誰かに引き留められる感傷をカメラに収め、TTRに戻る。
「帰ろう、TTR」
 この時ばかりは、バイクゲージや大峠隧道の崩れた抗口にすら人のぬくもりを感じた。
あの峰の寒さに比べたら。



BikeGaugeを通過するMR。
Photo by AzusaNo-2


隧道到達!何か更に崩れているし。
Photo by AzusaNo-2




(@_@;)え?煉瓦?・・
山形側抗口の崩れた断面には、まるで煉瓦のような組み込みが・・?。


 明暗と謎。

 トンネルをしきりに撮影していたあずささんを後ろから眺めているとハタと気が付いた。
「なんか煉瓦っぽくナイ?」
 そう、露出した石が妙に四角く、まるで下駄歯の様に並んでいるのだ。
前に写真で見た初代隧道の白黒写真に、石組みの抗口は見たが、内部の写真は無かった。
「もしかして、この化粧モルタルを剥がすと、色鮮やかな煉瓦が出てくるのだろうか?」
昨年見た、あの常磐線の明治隧道の様に。
 万世大路などは車道化の際には道床を下げて開口と道幅を確保したと聞く。
 一昨年、昨年と訪れた万世山形側には明治の抗口も残存し、明治の道床から昭和道は実に2m近く掘り下げていた。
 この隧道も天蓋、上半分に煉瓦の残る可能性はあるが、当時の内部構造について手持ちの資料には明記を見る事が出来ない。
今後の研究課題になりそうだ。

 沈没した桟橋を横目に隧道内の地底湖を遊覧する。明らかに断面の狭い中央部を駆け抜けると、そこは福島県だ。福島側抗口に出ると改めて抗口を観察する。
「なんかWebで見るとノッペリした印象ですが、結構細部(に薄化粧)がありますね」
「ええ・・・」
「MRさん、あれ・・・」

「・・・・煉瓦の断面?」

 モルタルの上に階段状に並ぶ線が見て取れた。初めて来た時にはツタに隠れて見えなかった銘板やよく見ると突出している帯石、笠石など、非常に質素ながら優しく装飾されていた。
 内部に入り例の防水シールドを見ると、完全にシートが剥がれ内部の確認が出来た。
「コンクリだ・・・て、ビス止めかい!
 
まるで素堀にモルタル吹き付けし、プラグアンカーで防水シールをビス止めしたかの様だ。しかし、その見立てが本当ならば、天蓋煉瓦説は微塵に消滅する。


ビス止め?防水シールドをビス止めかい?。
ホントに効果があるのか?。


よく見ると優しいながらもちゃんと装飾がある。


階段状に浮かび上がるかつての天井部分?




改めて観察すると(って今頃かい!>俺)当初のイメージよりちゃんと造られていた福島側抗口
だが、
何故に山形側とこうも違うのだ?。


因みに昭和42年改修の福島側抗口、なかなか悠然としている?。
「新版 会津の峠」より転載。



「エラいぞ、お前」長年の風雪に耐え、いまだ存在し続ける青看板


 気が付くと、MRとあずささん以外、誰も居なくなっていた。
「仕方ない、逝きますか」
「そースね」
Web管理人の性か?お互いを撮り会って、下り始めた。

 突破

 初冬の佇まいを見せる121号線には、大きな水溜まりと砂の残る舗装路、落葉に覆い尽くされて黄金に染まった道がアトランダムに現れていた。
 付かず離れず、写真を撮影しながら下って行くと、北斜面のコーナーを抜けた所で、路に倒木が覆い被さっていた。
 皆さんが撤去の相談をしている。近づくと、そこは例のガードロープ支柱宙吊り箇所だった。古い物でもう4年以上この寒空に宙吊りになっている。
「どうします?」(M
「切りますか?」(Si
「いや太くて切れないでしょう?」(Ki
「押せませんか?」(黒
「押してみよう、ちょっと!そっち誰か!」(M
「ハイ!」(モ・熊
 
間髪いれず熊さんとモトラさんが木を掴む、5人が体勢を整えて・・・

福島側を下る。
本当に管理が行き届いていたんだな、こっちは。


道を占領する雨水。確実に廃れて行く。



華麗なコーナーワークで走り抜けるあずさ2号さん、
舗装路面には晩秋の落ち葉が舞い降り、時に倒木や深い泥濘もありますが、
仕様です。


実に三島らしい大型のヘアピンが反復する経線を 、
昭和初期と思われる石垣が未だ見守り続ける。この後もずっと・・・・。





「さらに崩れていたか!」
豪華倒木付きとは「さらに出来るようになったか!」




DTで最初の倒木を潜るKimiさん。

「せーのーぉ!」「動くもんだね」。
Photo by AzusaNo-2


「セーノ!」
渾身の力を、と言いたい所だが、低いので上手く力が加えられない。
「おぉ、動いた」(あ 撮影のあずささんが呻いた。
「もっとォ!」
「セえぇ〜のォ!!」
ズルリと約1mほど木が滑り、根元が道路に落ちて安定する。
手前の倒木を潜り、先の倒木は乗り越えて逝けそうだ。



虎車であるGas2は座面が異様に低い。
難なく潜るSinさん。

グリップがあるのでゆっくり上がれるTW
Photo by AzusaNo-2



「おっと!」同じく虎車であるTLだが座面は比較的高めだ。
おっかなびっくり潜る黒Jimさん。




「お!工事してるぞ」手長猿のアタッチメント装着のユンボを潜ってゆく。


「こっち側、逝けるね」(SJ
「よおし!」(M
「この枝は切っちまおう」(Si
 
かくして熊五郎さんすら未見だった崩落現場を無事突破すると、次はいよいよ工事現場の一本橋だが・・
「あれ、埋められているぞ」


工事が一週間遅ければ、間違いなくここは側溝一本橋だった。

 
ほぼ最後尾のMRが見た工事現場は、既に路肩の再工事もおわり、道路は舗装前の転圧採石という状態だった。
 一本橋もなく一寸拍子抜けだが、まあいいか。
皆、かなり疲弊しているし。


道路は直す。標識はそのままがいいなあ。


「おお、治ってる」
てゆーか、土留めのコンクリ・・
薄っ!!



「もう1本、道があるのか!・・・」
ていうか、何処にあるのかワカランかったぞ・・・?。



只今、三島八十一曲りを堪能中。


 熊五郎さんの下見通りに、その後は断続的な工事箇所と片道ポイ通行がある程度で、僅かに残った紅葉を愛でつつ葛籠折れを下って行く。
 途中、さらにご夫婦?のチャリダーと遭遇する。
 最後のコーナーを無事通過し、根小屋の眼鏡橋クランクを通過すると、福島側ゲートに辿り着いた。
 難なくゲートを開けて、8台のバイクは現道に復帰する。
「よし!突破ぁ!!!」
米沢側防衛線突入午前7時15分、福島側ゲート突破同11時10分、3時間55分の小旅行であった。
 こうして、3度目のBig峠も前回に引き続き、つつがなく突破したのだった。


 ご褒美
10

「付いてくるねぇ」
 福島側ゲートから旧道沿いを一路「れんが亭」に向かって走り出すと、最初の部落に出るまでの途中に採石場があり、古い舗装路に砂利砂が浮き出している。
 熊さんが委細構わずスロットルを開けて法定速度を超えてくると、それに応える様にSJさんがラインを交差して同等に立ち上がる。その二人にあずささんが付いて行くのだ。


「おおお、ここも治ってる」てゆーか、
もう通行してますが

「よし!突破!!!」
工事のせいかサッパリした福島側ゲート。



「全車突破」よくできました。
Photo by AzusaNo-2


 さて、れんが亭にはお昼前に辿り付いた。間もなく、kimiさん達も追い付く。特にGasGasやTLが高速走行に向かない為だ。
「同じバイクばかりじゃ、ツマらんでしょう(^_^)(M
 
美味しいラーメンを頂きながら情報交換を行い、午後の予定を決める。
 無事帰還し、食事にありつくのは一つのご褒美であり、生還の証なのだ。
 れんが亭の駐車場でひとまず解散という事になった。
恐らく、このメンツが集まって再び何処かに挑む事があるのだろうか?そんな想いが心をよぎる。
「本日はお疲れ様でした」
「そちらもお気を付けて」
「有難うございました、また、何処かで・・・」

 
Kimiさんらは予定通りここで別れて帰還すると言う事だった。
 あずささんは食後、再度Big峠に向かって出発、まずは喜多方の新旧121号線の分岐点で撮影とHP取材モードに入る。

 そして、スピンオフした我ら3人だけのSecondPeakに向かう事となる。

再び山形、飯豊山系へ。
Big峠と同じく三島の残した、
あの廃道の最終対決へ。



目の前に飯がちらついてるのか?妙に速い。

「さて、戻りますか?」「ガス保つかなぁ?」



「ご褒美」煉瓦亭謹製ねぎ味噌ラーメン、うまいんだなこれが。



「お疲れさまでした・・・」


05'Repo
06'Revenge121 Repo
08'Repo Top
Tour Top

そしてSpin OFFした3台は、次なるHigh"廃"Stageへ・・・。


Project 「TWIN-PEAK'S Ob-Rord Carnival 」Second Peak 3