2008.11.02
Repo MR  Photo MR & 紅白饅頭・あずさ2号・SJ30V




錦の衣を纏って佇む121おにぎり。残りは3基、あと僅か・・・?


 正直に言えば、もう二度と逝く事は無いだろうと思っていた。
 また、歴史有るその道程も現状の荒廃振りから、間もなく最後を迎えるのでは?そんな思いがあった。
 話が持ち上がる度に思い出すのは、あの苦闘の1日、我が愛機共々生還出来たのは、偶然と考えた方が良い程の場所である。二度と逝く事はあるまい。しかし何処かで気になって仕方のない切ない思い。
 その峠の主と呼ばれた男から
「国道として補修の手が入っている」と聴かされ、無性に見に行かなくては、と思った。
 恋い焦がれるような気持ちにようやく気が付いた。
「ボクハ、アノミチニ、    
コイシテル・・・?」 
 


Project 「TWIN-PEAK'S Ob-Rord Carnival 」Fast Peak1

 プロローグ
1

 盟友Kimi氏からお話を聞いたのは掲示板に掻き込まれたおおよそ半年前になる。
それは明確に「Big峠」と聴かされた訳ではなく、知り合いがさる峠に行きたいと言っている、という趣旨の話だったとおもう。
 話の折り合いは車での話だったろうか?現状のBig峠の状態では流石のジムニーと言えど、ガス切断による路上H鋼の解体撤去以外にあり得ず、それはもはや個人やグループがどうというレベルではない。然るべき管理団体や市町村の問題だ。
 とはいうものの、実は一昨年のアタック以来「逝けるでしょうか?」的問い合わせが他にも数件あった事もまた事実だ。
 それにしても、現在のBig峠の管轄って何処だい?という疑問が大きく前進したのは祭り一週間前、Big峠をこよなく愛する漢、熊五郎氏撮影の工事現場写真からであった。
工事看板には
燦然と輝く「国道121号線改修工事」とあった。

 少なくとも、福島側は未だ国道なのである。更に突っ込んで言えば、現国道121号線が完全開通するまでは、ずっと国道扱いなのだ!と言う確信に近い思いがあった。
 しかし、日程の都合が付かなかった。
 主催として、またお話の受け手として、まづはKimi氏に日程を決めて頂き、こちらは追従する姿勢とした。そして、思い切ったセカンドセッションの話をぶつけてみると、一部の参加予定者から支持を頂く事が出来た。

午前中>
 旧国道121号線Big峠ヲ山形側ヨリ侵攻、鉄塔倒壊地点ヲ突破ノ後、絶対強羅防衛線「Bike Gauge」ヲ強襲、空中要塞Big峠隧道ヲ陥落セシメタシ。


 さらに、首尾良く昼食までにBig峠が突破できれば・・・?

Photo★ALBUM


早朝5:50分頃の常磐道猪苗代インター付近。
写真右手は無論磐梯山である。




道の駅田澤に集結する参加者。「宜しくお願いします・・・∠(@O@) 」
「本日も良い走りを・・(^_^)v」



 こうして、Project「TWIN-PEAK'S 08'秋の廃道祭り」は様々な思惑を秘めて、目出度く開催の運びとなった。

 ファーストセッション
 「Big峠大突破作戦」

2

 早朝6時すぎ、国道121号線「道の駅田澤」に一台の黒いカモシカが舞い込んだ。
 自他共に「転倒王」の称号を持つ漢、二輪廃道界の勇「そうだ、遠くにイコウ」管理人”あずさ2号”氏である。
積雪こそ無いが外気温はヒトケタの3℃。法定速度一杯で大峠トンネルを越える際の体感温度は-3℃程となる。関東をその活躍の主とする彼に、東北の寒さは堪えた。
 メールしたMRからの返信はなく、携帯を使う指が悴んで思う様に動かない。
「寒い・・(T^T)。。」
 その様子を暖かなジムニーの車内からぬくぬくと眺める一人の男、彼もまた当ページ掲示板の常連”紅白饅頭”氏その人であった。
「あずさ2号さんですか?」
 集合時間の6時半までの間、彼は車内に凍えたあずさ氏を招いて、共に暖かくその時を待っていた。
 ハイエース改で師匠SJ30v氏、軽トラック2台に分乗したKImi氏以下の友人軍団、会津の寒さをものともしない大峠の「主」熊五郎氏らが次々と集結。SJ30v氏がおもむろにBOXからキャンピングストーブを取り出して熱い珈琲を沸かし参加者に振る舞うと、初対面の堅さも解れてゆく。
「MRさん、遅いですね」(あ
「多分、寝坊でしょう(爆」(S
みんなが白々と明けてゆく青空に、明けの明星を見る頃・・・・

 大峠トンネルを突っ走る1台の青白の
Motorcycleがあった。
 法定速度を遙かに超えるスピードで県道から国道121号線に入り、連続する大峠トンネル群の直線で3桁を越える速度に加速させて行く。下りに入っても一度回したスロットルは決して戻さない(嘘w。
「あ、キタキタ」
「おそーい!」
「すいません、寝坊しました」
「マジかい(笑w」
 一同から笑いが零れる中、最後の参加者MRが到着した。
「今日は宜しくお願い致します」
 
珈琲を飲み干し、それぞれに身支度を整えると早速乗車!トランポ車輌を先頭に移動を開始する。

 晩秋の廃道へ
3

 今回の計画は山形側から福島への突破である。計画の立案はKImi氏が行い、MRと共に日程の調整と連絡を、事前調査を熊五郎氏が行った。
 最大の問題は山形側のコンクリート要壁による道路遮断である。
 この突破が、計画の凡てを左右するのだ。幸い他2カ所の簡易ゲートは難なくスルー、部隊はこの絶対強羅防衛線の直前まで来る事が出来た。


トランポ車輌を先頭に旧道分岐に到着。
熊五郎さんがエスコート。



一路Big峠へ向かう。新旧の普洞沢橋を堪能する。


こちらが旧普洞沢橋。


八谷沢鉱山分岐でゲート確認待ち。
「逝ってよぉし!」

Photo by RED&WHITE-Mantou


滝ノ上橋を越える熊五郎&DT200R改


 kimiさんらが軽虎からマシンを降ろして行く。一方あずさ氏やMRは旧道に取り残されたおにぎり(国道121号線表示)に萌えていた。美しい紅葉と共にデジカメに焼き付けて行く。
「昨年の万世に分けて欲しかったな、この快晴・・・」
 
昨年の今頃、あずさ・熊五郎・MR濃霧と雨の万世大路福島側を思い出していた。まるでネガを返した様な雲一つ無い青空の中、朝日に見出された広葉樹の輝きが目に飛び込んでくる。
素晴らしい1日になりそうだ。


Photo by RED&WHITE-Mantou
 大猿倉橋防衛線上のコンクリートゲートにはラダーが両側に掛けられ、先に来た軽虎から4台のバイクが次々と降ろされてゆく所だった。
 熊五郎さんが得意のフロントアップで前輪のみ高さ70センチのコンクリートに掛けてみる。
「流石にRearは上げようがないもんなぁ」つーか、並みではフロントも上がりませんから(爆

 さて、それではコンクリートを強行突破する車輌順に今日の参加メンバーをご紹介しよう。(これ以降はカッコ内略称で表記と致します)
 トップバッターはBig峠の主、DT200WR改の熊五郎氏(以降熊さん)Big峠のシミまで知る男が軽々とコンクリートを越える。
 二番手は関東発廃道ハンターあずさ2号氏(あずささん)の瀬郎250が出発進行。流石に場数を踏んだ思い切りの良い踏み越えを見せる。
 続いてkimi氏の悪友、黒jim氏(黒jimさん)のTL125がアタック!しかし下りのラダーが運悪く外れてしまい、あっという間に転落!
「大丈夫ですか!?」
と総員の視線が集中する中、何げに立ち上がる黒jimさん。
「いてて(T^T)。だ、大丈夫です」全員が安堵胸を撫で下ろす。
 

二つ目のゲートも大開放中!
Photo by AzusaNo-2


一昨年崩壊していた所が補修されている。


こちらの工事箇所は既に引き渡し済みか?。


遠く高圧線を確認する。
「あれといっしょに登ってゆくのだ!」。


最終防衛戦手前の崩壊はこんなところ。
来年は直して貰そうか?


大猿倉橋強羅絶対防衛線、到達。
Photo by RED&WHITE-Mantou


さあキタぞ、
極上・極悪の廃道だ!
Photo by RED&WHITE-Mantou


うわ〜何だか山羽ばかりだな?
本日の参加者!Photo by RED&WHITE-Mantou


DT200WR改の熊五郎氏(以降熊さん)



あずさ2号氏(あずささん)と瀬郎250




黒jim氏(黒jimさん)とTL125



Sim氏(Sinさん)はなんとGasGasTXT-Pro250



お馴染みSJ30v氏(SJさん)とTT250WR



TW225モトラSLK氏(モトラさん)


MRTTR250R改


主催、kimi氏(Kimiさん)のDT125R


 次のお馴染みSim氏(Sinさん)はなんとGasGasTXT-Pro250で登場、昨年から大きく進化した・・・が、
「ナンかリアがパンクしてるみたい(爆」(Kimi氏談)
 一応空気をいれてアタック、しかし下りはバイクを押して突破?。
 続いて我が師匠SJ30vさん(SJさん)と
TT250WR。一度助走をし直して当Pageのテクニカルアドヴァイザーは危なげなく乗り越えて行く。
 そして、実は一番不安なTW225モトラSLK氏(モトラさん)。どう見てもスカ仕様でツルツルのロードタイヤである。コンクリートの頂点でサポートに起つMRも流石に苦言を呈する。
「廃道をナメてますね」
しかしモトラさん、このタスクを難なく越えて行く。
 次のMRTTR250改で問題なくクリア・・と思わせて停車寸前で起ちゴケしてたりする(爆。
 最後に今回の企画者、kimi氏(Kimiさん)のDT125Rがまさかの転落。流石におろしたてのハンドルガードが割れる最小限の被害に留める。本人にケガなどはないが、早くも心理的にダメージを負いつつ、立ち上がる。

 ここで、こーはくさんが各人に差し入れのイオン飲料を預け、夜勤明けの体で最後のお見送りをして帰宅した。
かくて、8人の侍が錦に彩られた廃道にその身を躍らせてゆく。

ladderの撤収中、しばし歓談する・・が!。


「こーはくさん、ありがとう」
8人の侍は廃道に消えた・・。

Photo by RED&WHITE-Mantou



吠えろ愛機よ!
さらに荒れた旧国道121号線上で漢のドラマが展開される!
Photo by RED&WHITE-Mantou


「逝ってきます」
 雲一つ無い青空の下、遙かな県境を目指して。
 更なる
 荒廃の道を・・・


 今年で恐らく6周年を迎えると思われる小猿倉橋上の倒木で早くもあづささんが写真撮影で引っかかっていた。
 この片桟橋自体が凄まじい断崖の滝を跨いでいる。
 先頭は師匠SJさん、これに常に順番が入れ替わりつつKimi軍団の4台が続く。
 中間迎撃に熊さん、MRとあずささんが写真を撮り合いつつ殿を守っている。

 2年振りの旧道だが、例の鹿を見た崩壊面は更に土砂が積み上がり、小高い丘のようである。その他にも道路に土砂が流れ込んだコーナー等が見受けられた。
しかし、道の荒廃が尋常ではない。
 特にコンクリート吹き付けの法面は完全にオーバータスクである。まるでスポンジケーキのように崩れてヤレたモルタルが法面の路肩に幅約1m、高さ30センチ程だろうか?堆積している。
 それも法面処理のほぼ全域に渡ってコンクリートが剥脱していた。まさに「風が吹くと」カラカラとモルタルが落ちる音がするのだ。
「末期的だな・・」
 
アスファルトの途切れにはあらん限りの生命力で雑草が生え揃い、さながら錦のよしずの様に視界を不鮮明にしている。その為、フロントが持って行かれてからの対処行動しかとれなくなるのだ。
 瓦礫と倒木にまみれた路面状況を瞬時に把握することは不可能である。
とその瞬間
不意お爺さんれた。
慌てて停まるとススキを半身に隠れる


小猿倉橋の銘板を確認して立ち去るMR(笑w。
Photo by AzusaNo-2


一昨年の鹿遭遇地点には更に堆積している!
軽々越えるSJ師匠。

路肩の崩壊した後には盛大にススキが育っている。
この道路は栄養価が高いらしい

ようにお爺さんが言った。
「この先バイクは無理じゃ」


虹色の地獄・・
V字に綴られる国道経線は反復して沢筋を渡る。そこが土石流によって塞がれる。


古い木なので切れるのか?
世の中そんなに甘くないよ、Sinさん。


崩壊箇所から写真奥のバイクのある位置まで、
延々と土砂や流木?がある。
Photo by AzusaNo-2


いかに参加車輌中最大幅のタイヤでも流石に滑るでしょう?。


バイクの運動性を上げる前に、
お前のWeightをどうにかしろ!。
Photo by AzusaNo-2



High Powerな車体に長い手足、長年培われたテクニックを総動員して越える。



それでも自然の猛威には敵わないのか?



「くそう、手強い!!」濡れた倒木は始末が悪い。
Photo by AzusaNo-2

「解ってますよ、爺さん」
 そして、ざっと3カ所目となる法面流失による土石流跡に釘付けとなった。
 先行したKimiさん達が既にルートの選定と障害物の撤去を相談していた。MRとあずささんが写真を撮りまくる。
 一昨年も苦労して越えた沢から土石流はもはや国道を約20mに渡って瓦礫と倒木で埋め尽くしていた。
 前回の3倍増しだろうか?晩秋の落葉もあってもはや土石流跡の境目すら判らない。一同はバイク共々瓦礫を登って越えていった。
「あ、ここは・・・」

2年間(06')の同じ現場。
Photo by Kumagorou-06'



「根っこだけかい!」
つーか、まだ残ってるンかぁ・・・




華麗なコーナーワークで通り抜ける熊さん、
路面は川となり、拳大の玉石がゴロゴロしている
舗装路ですが仕様です。


 そう、3年前に敗退した木の根ごと倒壊崩落現場である。
 2年前に一冬を越えて通行可能となった幾本もの太い枝は、その後2シーズンの雪に押し潰され朽ち果て、一部は誰かが路肩から木を引き擦り落としていた。
 それでも林道一車線の道幅しかないのに幅1mはあろうかという巨大な根っこの混合体が未だに道を塞ぎ、車の通行を根絶している。
 僅かの幅だが前回より若干通りやすく?なった路肩をバイクで越える。
 国道は徐々に標高を上げつつ、山側に左コーナー、沢筋に右ヘアピンを繰り返して行く。
 そしてまたその沢筋は道路に飛び出た土石流に埋まって行く。丸太も土石流もなんのその、これもまた軽々と熊さんのDTが通り抜けて行く。



標高1000mを越えて視界が開けてくる。
既に紅葉は終わったが、美しい。



次回「そして、Big峠が、牙を剥く!!」


休憩を取った参加者が、先に進む。ここからいよいよ
「廃国道121号線"災凶"鉱山区間」


 突然、太陽の眩しい光と共に視界が開け、目の前に巨大な高圧線鉄鋼と、猫の額程の道路待避所兼ヘアピンコーナーに出てくる。
 先行した皆さんが、それぞれに休んでいた。この寒空の元、ヘルメットを脱ぐと湯気が出る程熱い。
「視界は良いですね」(あ
「下は元鉱山だからね」(M
 振り返るあずささんは慌てて携帯カメラ片手に谷底を覗き込む。人為的に掘削を受けた不自然に整う山肌を見つめる。
「ホラ、あそこに索道用の動力塔やらホッパーがあって・・」これから向かう尾根と対岸の法面を指す。
「あの突端の平場までワイヤーを張って鉱石を道路まで揚げていたんだ。」(M
 改めて、その途方もない大きさに舌を巻く。その鉱山の始まりがここだ。
 丁度あずささんが撮影していた脇に古びたH鋼が立っている、実はここから鉱山の立ち入り規制を促すガードパイプが設置されていた。
 つまり、我々が休んだ所は自動車の回転所または待機所だったのである。(当時は国道です、念の為)
「先を急ぎましょう」(K
「早い処やっつけますか」(M
 何故、先を急ぐのか?
無論、この先に
あの区間があるからだ。史上凶最悪の国道の本性、今までの土石流や法面崩壊などという生易しいものではない、人災と言うべき災凶区間が!

 国道の本性!

 前回の解説にあるが、この峠の歴史は鉱山王国会津の縮図と言える。
 
年表を見れば、戦争の為に拓かれた道は明治・大正・昭和初期と道路の開発・改良が続く。それは鉱山の隆盛に直結していた。国が認め奨励した鉱山優先の道、それが国道121号線不通区間だ。
 国道はいよいよ露天掘りだった鉱山部分を眼下に、索道のホームが在った尾根筋の高圧電線を空に眺め、佳境に突入していった。
 前回は難なく通れた区間が、
突然の山崩れに見舞われていた。
 いや最早「突然・・」という形容詞が正しいとは思えない、もとい思わない。
 何時、何処が崩れても納得の廃れ方である。
道路に散乱した木の根の間を人員にものを言わせて通過する。
「力が入らない・・・。」
 誰からかそんな声が漏れた。無理もない、モニターごしに多分「解っていた」筈の状況なのに・・・そんな、声にならない叫びにも聞こえる一言・・・

あえて言おう。
バーチャルではない
「現実廃世界(リアルオブワールド)へ、ようこそ」
箱の中を覗いただけでは解らない
「本当の荒廃」
をトコトン堪能してくれ。
そして、己が身を持って知るがいい。
飽食に我を忘れた日本人の、
本来の力を。その本性を。




「また土石流跡」
前回は小さな崩壊だったが・・・


1台づつ越えてゆく。
谷川に落ちないようにサポートを付ける。


「何だ?あれは?」
ツイニ、キタ?。



キターーーー


熊五郎さんの、振り返るほほえみが物語る。
災凶にして最悪の、極上廃道
参加者全員が
震える!



ついにここまで来た。もう笑いが止まらない?。
「ここからが本番だ!・・・」
ていうか、今までは前座なのか?あんなにハードなのに・・・。