廃道日記(Riding・Report)
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その林道の先へ。県道ではない(笑。 |
廃道日記36-2「会津の峠集中講座"大内宿"」2.5 |
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大内宿。 参勤交代と 幕府の為の会津米運送のため開かれた 下野街道(江戸からは会津西街道) 以前から在ったと言われる。 秀吉の時代には、 会津の芦名氏、田島の長沼氏が 火玉峠(現氷玉峠)を挟んで 戦いを繰り広げる。 そして幕末には 戊辰戦争の真っ直中で、 宿場は 戦禍を免れ現在に至っている、 それ故に、 各地区からの間道が 折り重なるのだろうか? |
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勿論、只の林道かも知れない(それが妥当な考え方だとは思うが・・・)。 |
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分岐があるけど川沿い直進(左?) (仮)沢沿いに出る。が、沢まで距離がある。 あまり交通量は無いみたい。 そして荒れてくる! |
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コーナーを抜けるたびに道の荒れが少しずつ出てくる。これがいかにも元街道臭い感じだ。 |
何か変な盛土がある。なんだこれは? |
判った!積載用のスロープ台!。先人の知恵だな。 思ったより落差がでかい。本格的な登りとなる。 |
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あ!? |
渡河直後三叉路!終了スか? |
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次の廃道も見てみる。
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