廃道日記(Riding・Report)



2007年、初通過。静かに落葉が舞い降りる、黄金の光に包まれた夕闇迫る峠。




廃道日記 23「廃道 Re-form」〜ある峠への奉仕〜
「某峠補完計画」発動ス。街道ニ思ウ所アル者ハ参加スベシ。


2009年、春。2年後の街道は、交通量が増加に転じていた。


 プロローグ

 その峠は現在どれくらいの通行量があるのだろう?。
 江戸時代、その峠は会津藩と二本松藩の藩境であった。ここには峠を挟んで東西にそれぞれ一理塚があるが、それぞれ約4Kmを結んで来たこの二つの塚の距離は、峠を挟んで約2Km程で、普通の半分ほどである。
 やがて時代は明治維新を迎えるが、福島に着任する「鬼」と渾名された県令によって、その街道は新路線に換線が決定。幾度かの経線変更を受けつつ、現在も主要幹線国道として東の太平洋、中央の猪苗代湖、西の日本海を繋ぐ北日本を横断する国道となってゆく。
その一方で、古い街道は地元の人間だけが通る近道として使われ続けた。昭和に入り、戦後の電力需要の高まりから最短距離で尾根越えする峠に送電鉄塔が建ち、その為に西側の街道が整備されて一部コンクリート舗装化されたのみで、経線などは当時のままである。車の時代になると、さらに人の足は遠のいた。
 そして峠の東側は、まるでワインがカーヴで熟成するかの様にゆっくりと自然に還ってゆくのだ。本当に森と清水に抱かれる様に・・・。長年踏み固められた道も、何時しか水と共に流れ込んだ土砂に埋まり、沢に近い路盤は緩やかにその足下を掬われ、斜面化してゆく。
 何度か営林所によって作業道として利用されるが、江戸時代から変わらぬ峠道には、緩やかな崩壊の時間が流れていた。
 MRが初めて訪れた2007年、この峠を使っての徒歩、自転車、バイクの通行は年間100人程度と推測した。
 平均で3〜4日に一人。または週末に二人程度のハイカーが峠越えする勘定だ。恐らくバイクは3%以下、自転車の轍はあったが、主力はハイキングだと思われた。
 一昨年、基本的には廃道ながらも地元に保存会が存続し、通行量が増えた旨の話を窺うと、やはりバイクの通行が増えているらしい。
 バイクで通行出来る事を最初にレポートしたのは、恐らく当ページが初めてだろう。そこで、この旧街道の補修を行おうと思い立ち、掲示板に告知すると賛同が得られた。しかし昨年末の予定当日は大雪となり、やむなく計画は春に延期された。
 以下は、その「改修レポート」である。



2007年、秋のシーズンにも拘らず
車両通行の跡は山チャリしかなかった。


2年後の2009年、春。
多分にバイクの通行量は増えているのでは?
このルートでウォーキングが開催された様だ。



木漏れ日の旧街道
慶長2年、蒲生氏によって造られたこの峠は、明治18年に時の県令三島通庸によって街道から外され
里道に降格した。街道と同時に誕生した村も昭和60年、常磐自動車道鞍手山トンネルの抗口となって消滅する。以来、峠道は改修整備を受ける事無く、江戸時代の風情のままに現在に至っている。



ご使用上の注意!
このデータは、
あくまでおいらの走ったルートの
覚え書きです。
走行距離は主にバイクで測定し、
旺文社発行のツーリングマップルにて無断で補正しています。
また、掲載される内容は
大変危険です。
当サイト掲載内容によるいかなる被害も、
当方は保証致しません。





街道の出口近くの空き地にデポ。
それぞれに装備を持って出撃する。


 嬉しい誤算 2

「おはようございます」
 5月16日朝9時、集合場所となった磐梯熱海の某コンビニには5人の方々が集まった。
 ツーリングにでも逝きたくなる様な爽やかに晴れた補修工事日和である。
 集合時間も過ぎたので水分購入の後、まずは林道入口まで各自自走し、土場とも思える空き地に車を置いて、資材を積んだ軽トラに5人が箱乗り相乗りして街道の入口まで移動する。



どう見ても「これから山菜採りにいぐんだぁ」状態。
どうやら皆さん、「ハコ乗り」と言うと心躍るらしい。このままドナドナ(爆


 長靴に普段着、ほぼ山菜採りのオッチャン連状態で、ライディングスーツの時の精悍さは些かも無い(核爆
 何故か記念撮影を軽トラの荷台で笑み満タンで終えると、そのまま全員廃道にドナドナされてゆく。
 さて、軽トラに積んだ資材を思い思いに携えて、歩き始めた順に本日ご参加の勇者をご紹介しよう。
 先頭はMR、本日の呼びかけ人でこの日は「隊長(タイチョー)」と言われてる。Gパンに長靴、手には一輪車、スコップ、カケヤ、木杭、鋸などを積む。腰袋に充電ドライバーという出で立ちである。何しに逝くんだ?
 左右にライディングジャケットに長靴とデイバックのおぉじぃ氏とポロシャツに長靴というL(ランクル)すずき氏がサポートに入る。



峠の入口こそコンクリート舗装だが100m位?
Photo by RED&WHITE-Mantou


たちまちこの状態。
流石旧街道。
Photo by RED&WHITE-Mantou


一輪車(ネコ)もそれなりに難しい。
Photo by RED&WHITE-Mantou


日当りの良い場所では植生が盛んだ。
Photo by RED&WHITE-Mantou
 埋め込み用の桑の木や持参したスコップを持って頂かないと、完全に山菜採りの様相である。
 後ろには記録をお願いした二人、集合場所の主で、たった今起きがけのジャージ姿に長靴のこーはく氏と白いツナギに白のソフト帽とリュックの出で立ちで、DTMではお馴染みの師匠Kon氏である。お二人には2m程の角材とカメラを持って頂いた。
 因みに、おぉじぃ氏とKon氏は事前に連絡も無く、飛び入り参加に近いサプライズだ。
(おぉじぃ氏は掲示板に書き込んだが、MRが見たのは帰ってからだった)
二人ともバイクが走る道と言う意味を良く理解して居るので、大変心強い。
「うひゃ〜、掘られてますねぇ」
「歩くとホントキツイわぁ」
「でも、歩いても気持ちのいい道ですよね」
「山菜採られてますねぇ」


 今回の改修に当たって、kon氏とは事前に改修計画の打ち合わせがあった。
 氏は基本的に、現場にある雑木林で資材を調達し、主にバイクが通る事で道が荒れない様にする為にはどうするか?という方向性であった。一方MRはバイク通過の過程だけで道が荒れた訳ではなく、あくまで歩行者の歩く場所を造っておこうという趣旨である。その為に排水や橋構築の資材を外から持ち込んだ。
 こうして補修は峠の西側から二本松藩が造った一里塚迄の区間とし、歩道、橋の造築と泥濘地の排水となった。

 例の渡河部分を一輪車で渡ってゆく。 だが、沢を渡るには段差が激しく積んである資材を川に落としそうになる。そこで左右からおおじい氏とLすずき氏に持ち上げてもらい、三点支持で川を越える。

「ここだよね、前に
TTRで落ちたの
「そう、
愛機ファインピクスが散った所ス」
「アハハ・・・・」



そう、そこは07年秋の転落場所
(核爆!。
Photo by Kumagorou



あっ!ここは!(笑w Photo by Kon


廃道では三点支持が基本です。
Photo by Kon


幅1m程の道の真ん中に沢が流れる
一輪車通過後、流れに逆らわない位置で隣の沢へ。
Photo by Kon


道に流れる前に水の行き先を変える。
アングルを付けて木を埋め込む。
Photo by Kon


まさに自然の障害?一輪車にはキツい(爆
Photo by Kon


バイクの轍が異様に深い(爆
一番深くで40センチ近い?


轍を繋いで排水ルートを造る。
Photo by RED&WHITE-Mantou

 実際、峠の東側から入ると、泥濘地では驚く程のタイヤマークが見て取れた。ここ数日にも3〜4台の車両が出入りしたようだ。恐らく今年の春だけで07'年の一年分の通過台数があったのだろう。

「一輪車交代しますよ」
 一息付くのに大変助かります。
 泥濘地の基本作業として、山際から流れる湧き水をいかに道路上に溜めずに沢に流すか?という話で、水の流れに逆らわずに排水路を造る事にする。バイクに掘られた穴は木を埋め土を入れ、再びそこをバイクが通過しない様に木の枝等を大量に置いて妨げ、かつバイクの重量に絶えうる道路脇に誘導迂回路を造っておく。と言う施工となった。


急な坂で足場は沢?歩くだけでもキツいPhoto by RED&WHITE-Mantou

「しかしタイチョー、一輪車巧いスねぇ」
「おう、昔見たタカラズカって奴で・・・」
「そのオヤジギャグ、ヤメろよ」
 幾つかの泥濘箇所はこの方法で「水路を造り、歩く場所と走る場所を分ける」手法がとられた。
 道は川に浸食され、法面が緩やかに崩れたりで変化に富んで楽しい道程だ。しかし、いざ歩くとその変化が災いして中々に歩き難い路面だ。ましてバイクで走った事があるだけに歩くのが辛い。

補強部分をバイクで壊されない様にバリケードを築いておく。Photo by Kon

そんなこんなで黙々と押し上げると道路の真ん中に穴が在るではないか?。
「こ、ここは・・」


 手段の為に
 目的を忘れ・・?
3

 昨年春、おぉじぃ氏の落ちた穴はさらに広がっていた。当初は橋と思われた所だが、実は木の根が張り出していた物だった。
その下に沢が流れていたが、水量が増えるに従って根の下も削られ沢が大きくなり、穴が開いてしまったようだ。
そこにバイクが落ちたのである。

「危険ですね」
「かといって、自然に沢が大きくなるのは致し方在るまい」
「大きくなることが前提では木を入れたり補強できませんね」
「落ちて詰まったりすれば、木ごと道ごと流されるかもしれないな」




南側の沢に流し込むルートを造る。
10センチより下は踏み固められた堅い路盤が在るので掘るのも一苦労だ。
Photo by RED&WHITE-Mantou


 一種の伏流水?、今は水量と呼べるほど道には流れた跡は無い、が木から川を覗き込むと確かに水量がある。ほぼ、地表には流れていなかった。協議の結果、ここはそのままにする。

 その後、
街道上屈指のヌタ場二つを処理して、一行はようやく一里塚に到着した。時計は11時近く、なんと1時間半もかかっている。皆さん日頃の運動不足が祟ってけっこうへべれけです。



撮影されてなかったので09の際の写真を流用。



道が痩せ、路盤が川と同じ高さになっている、
Photo by RED&WHITE-Mantou


皆さんもう汗だくですね。
Photo by Kon


やっとキタ。一里塚だ。
Photo by RED&WHITE-Mantou
 ここまで来るだけですっかり疲れて仕舞った廃道戦隊の面々。一服して作業を始めようとした時、誰かの叫び声と共にその耳に聞き慣れた音が飛び込んで来る。
「バイクだ!!!!」
 
何と!明らかに間違って入って来てしまった風情の普段着姿の2台が峠を越えて現れたのだ。XR230RとKLX250SRである。しかし、経験豊か?なKon氏は二人のその腰つきを見逃さなかった。
どうも〜、よくここまで来ましたね〜」
 
それが仮面とは解らない程に絶妙のタイミングでこやかな風情に話し掛けられ、相手も思わず「あ、どーもぉ」的に頭を下げる。
「すげぇ・・流石師匠。」
「あの微笑みから逃れられた獲物は居ないな、多分」
「しかし、Gパンにスニーカーとは・・廃道をナメてる
 
友好と云う名の事情聴取はすんなり終わり、2台は証拠写真を撮影されつつその場を後にする。
(後日確認すると動画まで撮影されていた(汗 )
「郡山の某バイク店で勧められたみたいですね、このルート」
「あの格好ではハメられたの間違いなんじゃない?」
「ここは、スニーカーで無事通過出来る事を、
生暖かく見守りましょう。」
 
その後ろ姿を見送るKon氏の目に、鋭い眼光が見えた気がした。

 増築?

 さて、橋の補修であるが・・・。



「ビーバーでも棲んでいるのか?」(爆
完全に橋ではなくダムと化している。


この泥の海をその服で渡るのか?。


必殺のゴルディオンハンマーで杭打ちをするMR。
「光になれ〜」
Photo by RED&WHITE-Mantou

  初めて通った時は夕暮れで、それが片桟橋ではなく橋の片側が土石流で塞がれ、沢水が橋の上を流れている事を知ったのはその2年後の2回目の通過の際であった。
 そういった意味で、最早橋の機能も殆ど満足ではなく、また仮設ダムとしても脆弱であった。
 
特に橋桁の上を流れる水はいかんともし難い物が在る、
 さらに今年、一里塚ダム(仮)の貯水量は最大となり、橋桁の西側(峠側)の橋台部分が流され、新たな水路となっていた。



土石流で溜った材木の撤去は断念。
このダムを崩すにはユンボが欲しい。仕方なく排水の為の作業に切り替える。
Photo by RED&WHITE-Mantou


完成!人が登れる木を渡し、両岸で杭止めした。


 協議の結果、現在の水路をそのままに清掃して流れを良くし、南側(沢側)に新たに歩行者の為の足場を造る事とした。一応、橋の形にならなくても、歩いて渡れ、最悪流されても現場の植生にあうのがその理由だった。
 排水に因ってダムの水位が下がり、橋の端が解るとバイクの動きをその沢の外側に誘導し、残存する橋を走らせない用に進行方向平行の桟木を置いて対応した。



歩くスペースを広く採って最悪手をついても渡れるように組んでみた。
橋を直接バイクが渡らないように両岸に雑木を置いてある。沢の上流側に誘導されるといいが。
排水経路を変えたかったが、結局水は橋台の上を流れている。


出来た橋を見て「真ん中を渡れればいいw」。
一休さんかい?。
Photo by Kon


帰りにもチェックが入り更に補強されてゆく。
Photo by RED&WHITE-Mantou
 持って来た木は短い為に師匠Kon氏が沢や山から折れた木を引きずって来て足場を造る。こうして20分程で橋(というより足場?)が組み上がった。
 ハイカーは年配の方も多いと聞くので、実際の運用では幅を広く組んで手を付いても渡れるようにしてみた。渡り易さもさることながら、これで分散加重となって、土台を流用する橋桁への負担も軽減出来るハヅだ。
 Kon氏とおぉじぃ氏はバイクを沢の上流で渡河させるべくバリケードを組んでいる。雑木をせっせと川縁に運ぶこーはく氏とそれを組むLすずき氏。
 MRは何とか土石流を抜いて橋の下に沢水を通したかったが、総加重数トンと思われる大量の土砂と倒木に計画を断念、現行の水路を清掃し通りを良くした。これに因ってダム湖の水位は急速に下がり、バイク通過の目星が付いたのだった。
「よし、撤収しましょう」

 エピローグ

 先ほどの軽装のツアラーを見て、Kon氏の考えがより鮮明になった。
 帰り足では次々とトラップを仕掛けてゆく。生半可な気持ちで来て欲しくない。ただ通過するのが目的ではなく、もっとこの歴史的な街道を堪能する為に来て欲しい。築いた水路を守るために次々と倒木が道路上に置かれてゆく。橋に使われなかった角材が泥沼に橋渡しされてバイクで踏み荒らされない様に雑木が置かれる。

 まだ掘っただけの水路にも木が組み込まれ、壊されない様にバリケードが築かれる。
「どうやらあの2台、無事抜けたみたいだね」

 こうして、デポ地に戻ったのは午後1時頃、些細な手違いがあったものの、参加者全員が磐梯熱海町内で無事再合流、Kon氏お薦めの蕎麦屋で美味しい昼食を摂って解散となった。



磐梯熱海の老舗「丸嘉」冷やしざるうどん とろろセット
初夏の昼食には絶妙の美味しさであった。蕎麦屋のうどんもイイ。



 数年前、さる掲示板で「万世大路二つ小屋隧道改修工事」というレスがあった。
 白熱した議論、愚論があったが、結局、現場である隧道の余りに脆い現状と危険性、そして極めつけに「道路管理者は国でありその許可無しに勝手な補修や改善などは行ってはならない」という結論で落ち着いたと認識している。
 勿論、それは正しい事なのだろう。
道路のインフラはその格付けによってそれぞれの管理団体が行うのが筋だろう。
 しかし、例えば道路愛護デーなどで道路の清掃や路肩の草刈りをやる様に、自分から何か出来る事を少しずつやってゆくのは、決して悪い事ではないと思う。
まあ、多少押し売りの傾向もあるが、何もしないで道が荒れるに任せる(そんな廃道も悪くはないんだが、通れなければ意味が無い)よりは全然良いのではないだろうか?。
この歴史的な街道と、今後も上手く付き合ってゆく為に。

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