次の林道に進む。

林道日記(OFF-ROAD・DIARY)

ご使用上の注意!
このデータは、あくまでおいらの走ったルートの覚え書きです。
ですので、スポンサー以外のクレーム一切お断り致します。
走行距離は主にバイクで測定し、旺文社発行のツーリングマップルにて無断で補正しています。
また、掲載される内容は
必ずしも最近の状況及び写真ではありません。
走行日を良く確認し、一か八か?役立ててください。






別名
オリンピック峠


その道は、
オリンピック村を
創る為に開削された。



しかし、
第二次世界大戦に
よって志しは絶たれ、
現在に至る。




林道日記(OFF-ROAD・DIARY)092-1



福島県道102号線、松坂峠。
画面左のアスファルトが県道102号、右が件の道……


もはや、沢.
けっこうなガレ、一般のツアラーは
ここらで引き返すだろうな。




既にここが県境上となる。
ガレはさらに上流?から来ている。実質的に
道幅が1mになる。
この時点で慶虎すら不可。

●オリンピック村への道
 それは……
● 松坂武名林道(西側)
概要
 平成の大併合で誕生した伊達市。
その北側に位置する梁川はお隣の宮城県丸森町にも隣接する阿武隈山系の北端で繋がる
 福島県道102号線県境「松坂峠」。ここを起点に梁川最高峰の山である雁形山に向かう山道がある。



十字路の筈だが北側の道が判らない、書面右手が登り本線?の県境林道。

 この山道、昭和7年に日本初のオリンピックマラソン選手の三浦彌平(1891〜1971)が地元梁川町の県境沿いに作ったオリンピック村への道である。
 尚、村自体は丸森町筆甫(ひっぽ)に属する。
 
当初はオリンピック村造成のた為の資材路として開削されたと思われるが、第二次世界大戦中に森林伐採の作業道に転用され、現在の道程になったと思われる。
 遊歩道開削時から正確に県境伝いに作られ、
松坂峠から清水峠を経て武名峠に達する。
 
武名峠は尾根沿いの十字路であり、交差点を北に向かうと丸森町筆甫の宮城県道102号線に出る作業道(現役)、南に向かうと梁川町高田に出る遊歩道(旧作業道/廃道)、そして東に行くと雁形山に向かう遊歩道(一部作業道)となる。

左が下り新造の営林造成地へ繋がる。


さらに県境にあわせて登って行く。


植林地帯に突入。道幅が1.5車線に戻る。


一応作業道を介して雁形山山頂まで行けるが道は梁川町の指定する登山道とも重複するので今回は紹介しない。

 
さらに道自体は宮城県と福島県の県境を跨いでおり両県森林組合の境界でもある為、双方の整備で作業道として現在も武名峠交差点まで道が存続している。
 それから梁川町高田に出る区間は梁川町で遊歩道に指定しているも、その実態は廃道と化した作業道である。


● 松坂武名林道(西側/仮)
 
総延長:7.4Km(全線未舗装)
TouringMapple2019.3版に掲載なし。
 宮城福島県道102号線、両県の県境である松坂峠の福島県側に15mのところに林道の入り口があり、路傍には平成10年に梁川町が建植した太さ約27センチ角の道標がある。


フロントアップ練習場ですね。
相変わらず県境を突き進んでゆく。




「ちなみに左に降りると造成地」

 国道から右の林道区間に入ると最初は県境まで約20mほどのキツい登りのガレ場だ。
 
道はまさに県境付近で90度転進、以後東に向かって尾根沿いを登ってゆく。
 
丸森県側からの作業道が交差する交差点があるが、地図上交差点なのに梁川側に降りる道は確認できない。
 この交差点から清水峠までの区間は道幅がこれまでの幅1.5m前後からおおよそ2.5m前後に広がり、やっと道らしい状況となる。
 無論地図上では交差しているのは点線、すなわち歩道なのだが来訪した二度とも梁川におりる場所は確認できなかった。林道側から見えないだけで、おそらく登山遊歩道を示すピンクのリボンが何処かに下がっている筈だ。
 ちなみに交差点を左に下ると丸森側の森林伐採区画に達する。相当広大な山林区間を伐採しているので、もしかしたらメガソーラーかもしれない。仕方ないのだが愚かしい事だとも思う。

ここは写真を撮って本線に戻るとする。


尾根沿いルートに入る。道幅は2mに広がる。


「でかいな」バイクで越えられない倒木。整備されない山道は荒れて行く。

 戻って本線を進む。
 林道らしくなった道は左右に山陰のない稜線に沿ってアップダウンを繰り返しつつ、全体としては緩やかに登ってゆく。
 春先は強風による影響か?大人の手足程度の太さの木も結構倒れていて、バイカーにとっては格好のフロントアプ練習場でもある。
 途中、いくつか倒木などの障害もあるが、林道自体は安定している。しかし直近の車が通過したわだちも無く、考えるに反対側から木材の搬出車両が出入りしている為では無いかと思う。


尾根沿いにうららかな道が続く。


二本目の大形倒木でも林道はクリアですね。


 
今登って来た松坂峠はまずジムニーじゃないと登れない!
 県境区間はカントが付いて洗掘を跨いで走れる人じゃ無いと登れない程の悪路だ。
 最初の十字路から慶虎なら登れるだろうが、木材搬出となると、大形トラックでなければ入って来れない。
 この段階での考察としては、清水峠または武名峠に大規模な作業道が一時的に開削されていると予想された。
 まあ、投木の具合から道は在ってもトラックはここしばらくは入って無いだろうが。


火の用心のスローガンを示す立て札の残骸が落ちている。
営林関係者もそうだが一般登山者向けの看板が落ちてる所を見ると登山者も少ないのだろう。


紅葉が終わると林道はさらに広い。


峠の手前で3本目の倒木。


稜線上にある「清水峠」に到達!。


清水峠では、今は無きコカ・コーラの1Lビンを路肩に見つける。
何年前だよ!1Lのビン売ってたの?。


 やがて、三つ目の小高い丘のような稜線を倒木を躱しつつ突破すると、そのまま鞍部となる「清水峠」に到達する。
 清水峠もまた実は十字路であるが。地図上は三叉路である。道はここで進路を東南東から左(東)に進路修正してゆく。
 直進路はさらに広々してキャンプでも出来そうな広さになって一瞬ここがオリンピック村跡かと勘ぐるが違う。



峠はちょっとした広さの土場に
なっている




さらに鞍部である清水峠から雁形山へ。
道は一路東に稜線を伝って行く。


清水峠を過ぎると道が破綻してるぞ
慶虎ギリの作業道ですらない。

 
多分ここはかつての土場で広場の先にあるピンクのリボンは崖ぞいに下りて行く登山遊歩道となる。
 三叉路の筈が十字路になったのは近年下の伐採広場から広い道がここに接続された為だ。
地図にない林道、即席の作業道である。
 峠に達する少し前から林道北側の造林は刈り取られ、北東側の風景がみえるようになる。手前の半田山から奥の吾妻山、そして蔵王まで見えるようになる。(2018当時)
 大がかりな伐採事業の為に荒れ果てた作業道を探し当てトレースを始めると、
林道はGPS上の県境を未だ踏襲していると思われた。
 だが「清水峠」から東の「武名峠」からは再び道がグレードが下がって作業道1.5m幅、いやいや一部1mを切るかも?という状態である。



道間違えてショートカットしてる。


正面は丸森町来訪した2017年晩秋は清水峠の北側、丸森側(写真正面)
は伐採が終わった所だった



 
切り開かれて植生が変わった林道脇には雑草が1mを越えて繁殖したようで、景観が変わっている。
 
それにしても、丸森側は営林署の手入れが著しいのに比べ、梁川側はまるで眠っているかのように森林は放置プレイのままである。
 やがて丸森側に新たな苗木の植林が現れる。2017年春に始めて来た時は丸森側から林道上に大量の間伐財が放置され通過を断念した経緯が在るが、秋には片づけられて通過が出来た。


さらに稜線の道に進む。




写真右が福島県、左が宮城県
日当たりの良い所は薮になった作業道。


 その間も梁川側はほとんど変わらない間伐されていない造林であった。
 最終通過は2018年春であるが、その時点でも道の状況は前年と変わらなかったが。
 という感じで稜線をさらに登って進むと、小さいながらも
明らかに車道である交差点が現れた。
ここが
「武名峠」である。

 
十字交差点でもある「武名峠」は写真の通り4方向に向かっている。
 この中で今回のレポートに掲載のない「清水峠から来て交差点を直進。北に向かうルート」だけここで説明しよう。
 結論から言えばこの交差点4ルートの中で唯一車両通過が不可なのが北に向かう
「雁形山山頂ルート」であり、徒歩以外での通過が不可の登山道となる。
 但し
「雁形山山頂」及びオリンピック村時代に建立された石碑までは行く事ができる。


植林されてる。道は続いているな……?


間伐された枝木が放置してある


「武名峠」松坂/清水峠と同じ仕様の標柱が建つ。
写真正面の作業道は、後半戦のルート「地獄の梁川ルート」である。


十字路はこんな感じ。正面が南向きである……。
 
 
十字路に戻ってくると正面(清水峠側)に立て札が在るはずだ(2018年春までは確認)
 
そこには「左 梁川高田」
「右 オリンピック村」の消え掛かった文字が読めるはずだ。


東に登るルートは
「雁形山山頂ルート」


高さ1m程の熊笹が深い梁川ルート。
逝けるのかよ、これ。

 調査日(18/4/20)の状況:
 構成写真は2017年だが最終来訪時と殆ど変わらない状況だった。
 2021年時点でも殆ど変わらないと思われる。
丸森町筆甫側の広域伐採がその後どうなったかにもよるが、メガソーラーかも知れない(妄想で書くな>俺)
 先に申し上げたいのは
「ここは道路ぢゃ無いよ、作業路で登山道だよ」と言う事である。
 この道は全線に渡って特に進入制限などは無くいつでもウェルカム状態である。
 進入制限が無いのは松坂峠を見れば判る通り、まず普通の慶虎すら入る事はできない事が一目で判るので、必要性を感じないからでしょう(笑
ちなみに
筆甫側から車の進入が出来ますが、こちらも現在は借封鎖されています。
 それはさておき、この道は県橋に位置するが故に営林作業道として存在を長らえた道で、その道幅は林業として車が入るk事によるものだ。故に営林作業と隣接していない道の部分は車の通過も難しい路面状況となっている。
 ハッキリ言って道幅が1mを切っていたりするのだ。
 したがって稜線沿いの道はアップダウンも緩く道幅も2mは在り、路盤も強化されているので走りやすくなり、倒木意外に障害物が無い。
 つまりこの区間は通過が困難なジキルとハイド的作業道なのである。




標柱より南を見る。丸森町筆甫の宮城県道102号線から
登ってくる作業道だ。



「立看板があるっ!!!」これがオリンピック村への案内看板。
写真正面の作業道が、今来た清水峠からの道だ。



おまけ

林道日記(OFF-ROAD・DIARY)091-1.5


そしてここから地獄が始まる。
ごぅ!

おまけ>091-1.5
 
もう一本の導入路、丸森町筆甫の宮城県道102号線に出る作業道(現役)も一応紹介しておくとする。
 だがこちらは最終来訪が2017年6月なので紹介する2021年現在の状況では無い事をあらはじめ書き出しておく。
 
筆甫側のメインルートであるが路線名のない作業道であり、企画が始まった2017年の前年秋には既に大規模な森林伐採が行われた後であった。ちなみに現在のグーグルストリートビューでも道沿いに何か作られた様子もなく、ただ新たに県道からの導入路が増えている様だ。
 まあトラックが入れる場所が追加されるのは当然だろう。
 それ程本来の道は狭く、入口も使い辛そうな配置だからだ。
 
尚、念のため付け加えておくが、道の開削時期や理由は不明である。
 現在までの資料調査では丸森村誌や
三浦彌平の書籍などにもこの道を特定する記載は無い。ただ土地*山?は個人の物で三浦は借り受けてオリンピック村を創ったと言う記述はある。
 故に今回紹介する
筆甫側ルートもその際開削されたと考察しているにすぎないのだ。

では、行ってみよう。
 筆甫側からは突入しやすく、梁川側からは猛烈なヘアピンで逆落しと成る入口。道は急坂ですぐに下流の川縁に降りて行く。
 うっそうと茂る雑木林を川とともに遡上するとすぐに視界が開け、橋が現れた。単純なPC橋でいかにも作業道という欄干のないいでたちだ。
 
 橋の先は三叉路になっていて右直進が造成地?左にまがって登ってゆくと
2軒の「ぽつんと一軒家」がある。奥の一軒はすでに廃屋満タンなので手前のみの実質「ぽつん〜」だ。

 
そんな訳で右に登って行く。
 明らかに大型車の為に新たに開削されたかの様な道で、道路左手にはユンボで掘った即席の深く広い排水路が掘られ、道路幅の倍以上の幅の路肩の木々が統べて間伐されている。
 そして都合3ケ所程、侵入阻止が目的とも思える深い横構が掘られ結構な ジャンピングスポットになっていた。
 
ところが分厚く撒かれた砂利でパワーが食われるKLX125。
 おかげで最後は押し上げる羽目になる。
 そうした道の先にさらに三叉路が在る。正面の広くなって行く道が、広域伐採の入口である。
 そして左に一段下がって再び登りはじめる道が武名峠に向かう道で、
一度登り始めると休む事無く一気呵成の激坂と成る。
 慶虎なら迷わず四駆のローと言う所か?ジム二ーならローセコという登りだ。途中枝道も在るが男なら一直線に登るしか無い。



丸森町筆甫の宮城県道102号線の
三叉路。
手前が丸森方面。


欄干のないPC橋を渡ると三叉路。
本線は右、左は民家へ。


本線を登り始める。
道幅は若干貧弱ながら道路として造られている。


深い横構が3ケ所ほどある。
KLX125だと一苦労する?


三叉路が在る。
右が森林造成地、左が本線「武名峠」。


植林地帯をひたすら登る。



振り返ると既に三叉路も見えない?

 所々赤土と石で滑りやすいダブルトラックをとにかく登る!
 KLX125だと途中で運悪く止まると再発進でエンストする程負荷が掛かる。実際撮影の為よく見て停車してもやはり再発進でエンストしたMRである。
 そんなモーレツな坂を登り切ると正面に雑木林と見た事のある標柱が見えてくる。
 やっと息を吹き返したKLXが緑の壁の前で勢い余って停車する。
「武名峠」だ。
 ちなみに、この区間に「オリンピック村」があったとされ、記念碑が平成元年に確認されたが、その場所は確定はされていない。


土場がある三叉路。勿論直進で登り。


「これぞ作業道」の風情にかわってゆく。


次の土場があの十字路だ。

調査日(17/6/23)の状況:
 路面状況はまあまあ普通。
 先に申し上げたいのは
「ここは道路ぢゃ無いよ、作業路だよ」と言う事である。
 通常、営林作業路の平均速度は時速10Km/h、いかに早く設定しても時速20Km/hぐらいだ。
 路肩の強度も道の作りも重機が低速で動く事が重用視された道である。
 つまり一般人の通行を想定していない道であると言う事ですね。
 見た目慶虎が走っているかと思われがちですが、空荷の慶虎では気をつけないと立ち往生してしまう横構や激坂です。道は簡単な直線で迷う事無く来れますがそれだけに危険です。
 出来れば二人以上で無理なく走りましょう。
 また地主?は伐採造成地側への出入りを制限しています。なので、
「武名峠への道以外の所には立ち入らない様にしましょう」



「武名峠」の標柱……ここで総ての道は繋がる。




次の林道に進む。