廃道日記(Riding・Report) |
「栃窪検断で昼飯食えば、八木沢峠は夜になる」
[塩の道]といえば、検索すると「千石街道」となるが、 全国各地にそんな道がある。 八木沢峠も、かつて相馬藩が内々で塩田を製造した頃、 内陸の二本松藩や、遠く会津藩まで海産物と共に塩を運んだ道だ。 相馬を出荷した塩俵が最初に出会う険しい峠道、 それが八木沢峠である。 |
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ご使用上の注意! このデータは、 あくまでおいらの走ったルートの覚え書きです。 走行距離は主にバイクで測定し、 旺文社発行のツーリングマップルにて無断で補正しています。 また、掲載される内容は大変危険です。 当サイト掲載内容によるいかなる被害も、 当方は保証致しません。 |
廃道日記(Riding・Report)016-4 |
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春は曙、うららかな春の朝に写真を撮りつつ林道眺めつつしてると、始発のバスが下って来る。 これがバラ坂峠(仮称)である。(仮称カヨ・・)。 |
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バラ、しかもカタカナだからね。 アイヌ系の言葉か?バッカメキの例があるしネ。 近くにあるバラ沢林道。ゲート前にて。 (撮影08’11) |
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官地である。何程廃れても官地なんである。 倒木に突撃>失敗(爆!。 |
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「県行造林」 個人または組合などが管理する山林を、地権者に代わって県が営林している山林らしい。 |
「ならば道路も県が?県道だし?」 イヤイヤイヤ、単なる廃県道だから(爆。 |
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おお、ガードレール跡だ。 基礎は1〜2m程の擁壁と一体化している。 OH! 生命力! 鉄を取り込んで地震に強い樹木になる?。 |
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前進不能 ! 撤収 !! 。その距離入口から約600m。 道路は法面と一体化して一種のスリバチとなっている。 その先は杉が根っこもろとも倒壊していた。 |
廃道日記(Riding・Report)014-4.2 |
「高い・・広い・・・!」先程の旧道、法面に空いた旧道道床位置から撮影。 こちら(南側)からだと、峠のピークまであと1〜2m登る様だ。 |
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中央の材木は無論だが、実は画面右の桟木が渡して在る部分も深いV字溝になっている。 |
地図に重ねるとこんな感じ?。 江戸期や明治期の道路は基本的に正攻法で合理的だ。 このルートも鞍部が一番低く、かつ可能な限り南斜面を長く歩く経線である。 |
「誰か来てるな・・・」真新しい轍が来訪車を告げる。 |
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アタリ!延々と旧道に続く電柱は現役である。 幅3m半のコンクリート橋。長さは5m程だが、 形式と意匠はバラ坂に架かる橋と同じだ。 「畑・・?」私有地と化した旧道。 先客はここでターン。 |
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旧道はまたしても新県道の路肩補強の前に消え去る・・・。「終ゥ了!!」 |
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祠が移設されていないとすれば、旧道は完全に新道で埋められたコトに・・・。 また一つ、謎が解けました!。多分・・?。 |
流石におわり・・・。
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